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医療と健康

2022年03月03日

「在宅医療の大切さ」

大変残念でショックなニュースでした。埼玉県ふじみ野市で66歳の男性が起こした立てこもり人質とした男性医師を猟銃で殺害した事件です。殺人犯は92歳の母親と同居し、数年前から殺された医師が院長を務める在宅クリニックを利用していたとのことです。在宅医療・介護を続ける中で、胃ろうの設置などを巡って医師と殺人犯との間に意見の食い違いがあったようですが、その母親は死亡し、「線香を上げてほしい」と医師を呼び出し、その場で死んだ母親の心臓マッサージを高圧的に要望したとされています。これだけでも常軌を逸した行動ですが、医師が丁寧に説明し死者への心臓マッサージは出来ないと断った後、散弾銃でその医師を射殺し、同行していた理学療法士などの他の医療スタッフに向けても発砲し重症を負わせたという酷い事件でした。

私達が暮らす今日の超高齢社会の日本では在宅医療なしには高齢者の健康と生命を守ることは出来ません。病気を治すことを主目的とする病院医療だけでは、在宅で生活しながら病気や障害と向き合って暮らさなければいけない高齢者(勿論高齢者だけではありませんが)を支えることが難しく、どうしても在宅での療養と暮らしが必要となるのです。従って在宅医療では、医師はもちろんのこと理学療法士や介護士そして看護師など医療と介護に関わるさまざまな職種の方々がチームワークを組み、連携しなければ成り立ちません。さらに、多くの方は、老後の生活は住み慣れた自宅で過ごし、出来ることなら自宅で家族に看取られながら死にたいと思っています。 図は内閣府が実施した調査結果ですが、半数を超える人たちが自宅での最後を希望しているのです。在宅医療はそのような国民の皆様の希望に答え、今後の地域医療の要として益々需要も高まり、質量ともに進歩してゆかねばならないと思っています。この事件で犠牲となった鈴木医師は「在宅医療はいかなる時も、患者さん家族のもとに駆けつけなければならない」をモットーにしていて、どこに行くにも術衣を身に付けて対応し、熱い思いをもって地域での在宅医療の充実を目指していた方のようです。

最期を迎えたい場所

かつての日本の開業医のお医者さんたちは、自分の患者(家族)とその地域に責任を持っていたように思います。それが、いつの間にか、夜間や休日には留守番電話が対応するようになってしまいました。昭和30年代までは自宅で亡くなる人が多かったのですが、現在では約8割の方が病院で亡くなっています(図)。いかに日本の終末期医療の場が大きく様変わりしたのかを見て取れるかと思います。しかし現在、またふたたび、鈴木医師のように訪問治療に熱意をもって、「かかりつけ医」として在宅医療に携わる医師やそのスタッフが少しずつ充実し、在宅での療養の支援や看取りなどが再評価されて来ているのです。

死亡の場所

もう少し詳しく在宅医療の現状について見てみましょう。現在在宅医療の中心となっている「在宅医療支援」診療所と病院は令和元年には各々14,314診療所と1,439病院があり、合わせると約1.6万施設となっていますが、これは10年前のおよそ1.5倍となっています。また在宅での看取り割合も増加し現在約14%となっています。このように在宅医療の提供側の体制は着実に整備されてきているのですが、未だに多くの人々は在宅医療の良さを十分に理解し、利用している方は少ないのが現状と言えると思います。たとえば、厚生労働省「終末期医療に関する調査報告書」(2008年)では在宅医療が困難と考える方も少なくなく、具体的な理由として最も多かったのは「介護してくれる家族に負担がかかる」が79.5%、次いで「症状が急変したときに対応に不安がある」が54.1%となっていました。確かに在宅医療では家族負担も考慮しなければなりませんが、現在では医療保険と介護保険を上手に組み合わせ、訪問看護などを利用する方法も非常に多くなってきています。例えば令和元年で訪問看護利用者は医療保険で約28万9千人、介護保険で約54万6千人とそれぞれ平成13年に比べると前者は6倍、後者は3倍と利用者数が伸びていることが判ります。

今回のふじみ野市で発生した、異常な殺人事件が、熱意をもって取り組んでいる在宅医療・在宅介護に関わる多くの方々にその熱意が損なわれないことを願うとともに、読者の皆様には、自宅で療養しながら日常生活を送ることのできる在宅医療の良さを考えていただくきっかけにもなればと思っています。

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鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 大学院 特任教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊 
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