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医療と健康

2020年07月02日

超高齢社会のリアル -健康長寿の本質を探る- 連載10「クル病って、ご存じですか? -ビタミンDの重要性-」

1)18世紀の英国

皆さんは「クル病」って聞いたことがあると思います。日本でもかつて第二次世界大戦(太平洋戦争)での敗戦後の混乱期にクル病が流行したことがありますが、その後の栄養改善や公衆衛生の向上などによって、ここ数十年来全く聞いたことのない病気となっていました。それが最近になって、またクル病が出てくるようになりました。昨今のコロナ流行で「自粛生活」とやらで、自宅などに閉じこもり生活を余儀なくされている高齢の方々にも関係することなので、紹介することにしました。

このクル病、そもそもは、今から200年も前の1800年代に入り、イギリスの産業革命の時代に急速に流行した病気でもあるのです。当時の英国では、新たに開発された蒸気機関などによって急速に産業が盛んとなるのですが、その労働力として、田舎から農業を捨てて大量の労働者がロンドンに集まってきます。彼らは貧しいスラムで暮らすことになるのですが、そこでは連日工場からのモクモクと出る煤煙のために日中でも太陽の光が届かず、衛生環境や栄養状況なども悪い中での生活を余儀なくされることになったのです。そんな中、スラムで生まれ育った子供たちの多くにO脚やX脚など足がひどく曲がっていたり、時にはひどい鳩胸や脊柱(背骨)体全体が歪んだ病気がはやり始めたのです(図1)。これがクル病でその原因は、子供の成長期に必要な日光(紫外線)を十分浴びることが出来なかったことによるものなのです。紫外線が無いために骨をしっかりと形成するビタミンDが著しく不足し、そのために骨は必要な硬さを保つことができなくなり、体重を支えることが出来ず、足や体全体がグンニャリと変形してしまったということなのです。太陽の光に当たって入れさえすればこのような病気は防げたのですが、当時の人々(もちろん子供たちも)は全くそのような太陽光(紫外線)としっかりした骨の成長については考えも及ばなかったのでしょう。このような紫外線と体内のビタミンDの合成が完全に解明されたのは、1970年代に入ってからのことなのです。

[図1] 産業革命のころの英国のクル病の子供たち

2)21世紀の日本 -赤ん坊から高齢者まで-

英国やヨーロッパ諸国と違い、日本はもともと太陽の光の豊かな国であり日光不足によるクル病は全くなかったのです。ところが驚くべきことに、最近クル病の赤ちゃんや幼児が報告されるようになりました。その最大の原因と考えられるのが、若い女性(母親)の極端な日光や紫外線を忌避するライフスタイルだと思われます。強力な日焼け止めクリームなどで紫外線を完全に遮断し、子供たちにも十分な太陽光の下で遊ぶことを避けるような生活によって体内でのビタミンDの合成を妨げていると思われるのです。

さらに今日の日本では、子供や若い女性のみならず、高齢者の皆さんにも体内のビタミンDが不足した状態であることが多くの研究から明らかにされてきたのです。これは高齢期になって、外出を控えたり、閉じこもったりでやはり日光にあたる機会が減少したことによると思われます。特に、高齢女性ではその傾向が強く、男性に比べて明らかに体内のビタミンD濃度が低下しているのです。今年に入ってからのコロナ騒ぎで、外出自粛が叫ばれていますが、家の中に閉じこもるのは決して良いことではありません。少なくとも自宅にいるときは庭やベランダに出たりあるいはガラス窓を通してでも、一日15分程度は太陽の光を浴びるように心がけたいものです。

国際骨粗鬆症連盟という、骨粗鬆症(骨がスカスカになり骨折しやすくなる病気)の予防を世界中で展開している医学団体からの声明として、世界的に女性の体内のビタミンD濃度は低い傾向にあるという警告が出されています。特に日本と韓国の女性では著しい不足状態、すなわち両国の女性の90%以上が血液中のビタミンD濃度が不足し、このままでは足の付け根の骨折(「大腿骨頚部骨折」といいます)を予防することができないという警告がなされているのです。確かに国内で実施された調査からも、日本の高齢女性ではビタミンD濃度の低下や骨折の危険性はかなり高く、さらに60代以降のフレイル(虚弱化)やサルコペニア(筋肉量が減少する状態)もまた危険性が増加します。いわば閉じこもりによる日光不足がもたらす不健康寿命の増加ということになりかねません。

3)高齢期の健康維持のために

血中のビタミンD濃度は、食事からのビタミンDの摂取と、太陽光に含まれる紫外線によるものの2つですので、予防対策も明確です。①食物におけるビタミンDについては、主に脂肪の多い魚類(サケ、ニシン等)、キノコ類やきくらげなどに多く含まれています(図2)。②上で述べてきたように、私たちにとって重要な血液中のビタミンD濃度を維持するには紫外線に当たること、すなわち「日光浴」が非常に大切な生活習慣なのです。紫外線には、健康に対する有効性と有害性がありますが、夏季(7月)では5~10分程度で有効性が出現し、30分以上で逆に有害性が出現するといわれています。同様に冬季(12月)では30~40分程度で効果が出るとされています。夏場においては木陰等で10分程度、冬場では最低でも30分程度の適当な日光浴は健康維持に必要不可欠なといえるでしょう。これから夏場に向かって暑くなります。高齢者では特に水分補給をしっかりとってエアコンなども上手に使うなど熱中症対策も重要ですが、少しの時間は木陰などで日の光を楽しむことも大切となります。

[図2] ビタミンDを多く含む食品

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鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 大学院 特任教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊 
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