医療と健康
超高齢社会のリアル -健康長寿の本質を探る- 連載6「フレイルについて」
フレイルという言葉を最近よく耳にするようになりました。このフレイルとは、高齢期に心身の機能が衰えた状態であり、さらにストレスに対する抵抗力の低下した状態を意味しています。フレイルは「健康で元気な状態」と、「障害があって介護が必要な状態」のちょうど中間の状態ということもできます。フレイルはそのまま放置しておくと要介護になる危険性が非常に高い状態でもあるのです。しかし一方で、フレイルの最大の特徴は、早い時期からの適切な対策、すなわち病気を悪化させるような生活習慣を見直し、運動を取り入れ、バランスの良い食事などを心掛けて栄養改善などを実践することによって生活機能の回復が十分見込まれる点です。これまで、フレイルは日本語訳として「虚弱」、「衰弱」、「脆弱」などの用語が用いられてきました。 それらの言葉はいずれも加齢に伴って改善することなく老い衰え、一方的に悪化する状態を想起させます。 しかし、上述のように適切な時期に適切な対策をすることにより「健康で元気な状態」に戻る可能性が高く、毎日の生活で自立した生活を取り戻す可能性のあることがフレイルの特徴であり、重要な点なのです。
[図1] フレイルは多次元の領域にわたる
フレイルは高齢期に現れる様々な状態を含んでいます。図1に示されるようにフレイルは、身体的なフレイル、精神・心理的なフレイルそして社会的なフレイルが存在しています。実際にはそれらが多かれ少なかれオーバーラップして現れてきます。それぞれのフレイルには特徴的な状態像(「症候」といいます)が知られています。特に身体的フレイルでは、運動器全体の機能低下となるロコモティブシンドロームやサルコペニア(加齢性筋肉量減)などが代表的な状態といえましょう。また精神・心理学的フレイルにはうつ、そして認知症に最も危険な(なりやすい)状態である軽度認知障害(MCI)が代表的な状態像です。さらに社会的フレイルには閉じこもりや独居(孤立化や孤食化)などが含まれています(図1)。
フレイルの実態
フレイルの実態を把握するためには、一般に次のような5項目の質問で判断しています。
- 最近6か月で体重が2~3kg以上減った。
- 疲れやすくなった(「活力がなくなった」、「趣味などに興味が薄くなってきた。」など)。
- 体を動かすことが減った(日常の散歩や軽度の体操などをしなくなった)。
- 握力が低下した(「タオルを固く絞ることが難しくなった。」、「ペットボトルの蓋を開けることが困難」など)。
- 歩くのが遅くなった(「横断歩道を青信号のうちに渡り切れなくなった。」など)。
これら5項目のうち3項目以上に当てはまるようであればフレイルの可能性が高いということができます。また1つあるいは2つに当てはまる方はフレイル予備軍ということができるでしょう。
わが国においてもフレイルの実態を把握するため、65歳以上の地域在宅高齢者を対象とした研究が実施されています。その結果、上述のように5項目のうち3つ以上に該当するフレイル高齢者は11.3%と報告されています。またフレイル予備軍は32.8%に上っていました。また、フレイルの割合(有症率)は年代、性、教育歴などに差が認められました。すなわち、65から69歳では5.6%であるのに対し、80歳以上の高齢者では34.9%が該当し、後期高齢者に多く出現していました(図2)。性別では、男性が10.3%であるのに対して女性は12.3%で、ロコモティブシンドロームやサルコペニアが要出現する女性のほうがフレイルの頻度が高くなっていました。
フレイルに対する身体活動(運動)や栄養の効果
高齢者に対する運動の効果は多くの研究によって証明されていますが、フレイルや転倒による傷害を減少させるためにアメリカで実施された総合的研究 (FICSIT trial) が有名です。これは全米の8つの地域において様々な運動の介入方法で試験を行った大規模な国家的プロジェクト研究です。この研究から筋力増強練習やバランス練習などを含んだ複合的な運動、中でも太極拳を実施した群において、最も高いフレイル予防効果あるいは転倒予防効果が認められていると報告されています。太極拳のようにゆっくりとしたバランスのとるような運動が効果的なようです。最近わが国で行われたフレイル、中でもサルコペニア予防のための運動や栄養などの介入研究から、後期高齢女性には運動と必須アミノ酸(特にロイシンを高配合した)サプリメントの投与が筋量・筋力の増加に有効であることが明らかにされています。
最後に、これまでの多くの研究から知られてきたフレイル予防のポイントをまとめると、次のようになると思います
- 普段の生活の中でこまめに体を動かしましょう。
- ゆっくり楽しく短い運動をコツコツ続けましょう。
- 食事は一日3食、バランスよくしっかりとりましょう。
- 友達付き合い、趣味を楽しむ、自発的に人との交流で毎日生き生きと。
フレイルは年を取ったら誰にでも訪れる現象です。でもちょっとした気づきや心構えと、少しの根性を持って効果的な対策を工夫することで、日常の健康を維持できるものなのです。
[図2] フレイルの有症率
フレイルの有症率は65歳以上の高齢者全体では11.5%(予備群32.8%)であった。加齢に伴い有症率の増加が認められた。(Shimada H et al.J Am Med Dir Assoc. 2013)
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- 鈴木 隆雄 先生
- 桜美林大学 大学院 特任教授
- 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
- 超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
- 老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊
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