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医療と健康

2023年10月31日

「おなかの調子と頭の関係-脳腸相関について-」

私達はよく緊張するとおなかがキューっと痛むとか、ストレスがあると下痢をしやすくなる、あるいは逆に下痢や便秘があるとどうも気分がすっきりしないなどの経験をすることがよくあるかと思います。今迄はただなんとなくおなかの調子と気分の関係だと思われてきたようですが、最近、「腸と脳」(あるいは「脳と腸」でもあるのですが)の間には生物学的な現象を介して両者に強い関連があることが判ってきました。この現象を「脳―腸相関」と呼んで、様々な病気との関係を調べる研究が盛んになっています。例えば、脳腸相関を表す代表的な病気が「過敏性腸症候群」(Irritable Bowel Syndrome : IBS)と言われる疾患で、ストレスなどが原因で、下痢や便秘そして腹痛が慢性的に出現するやっかいな病気で、日本人の1~2割が見られることが知られています。このような脳と腸の強い関わりの主役は腸の中にある無数の腸内細菌であることが明らかになってきました。最近ではこの脳と腸と腸内細菌の関連性とその健康や病気への関与をまとめて「脳-腸-微生物相関」と命名され、重要な健康維持のための新しい概念に位置付けられています(図1)。

脳-腸-微生物相関

「脳-腸-微生物相関」にかかわる大事な生命現象はたくさんあるのですがここでは特に2つの現象を紹介したいと思います。その1つは「免疫」です。実は腸は全身の免疫細胞の6~7割が集中する人体最大の免疫器官でもあります。そのため腸内の微生物(細菌)の変化は免疫機能に直接に影響し、全身の免疫力を高めたりあるいは低下させたりすることが知られているのです。私たちは常に外部からウイルスや病原菌などの感染源(外敵)にさらされているのですが、この外敵から身を守ってくれるのが町内の微生物が作り出す「腸管免疫」と呼ばれる免疫細胞の集団なのです。ですから、当然おなかの調子が悪い時には、感染症をはじめとした病気に罹りやすくなり脳ももちろん全身の具合が悪くなってしまいます。

もう1つは大切な生命現象は「第二の脳」と呼ばれる腸内細菌の活動です。これは腸内細菌を持たない無菌マウスを用いた様々な研究が基礎になっているのですが、脳で感ずるストレスは直接腸へと伝わり腸の不調が現れる、逆に腸で発生するストレス(病気)は直接脳にも影響し脳の不調が現れるという両者の相互に緊密な関係性が明らかされています。また先に述べたように生活上でのストレス(すなわち脳で感じるストレス)により、腸には特に問題となる異常がないにもかかわらず、腹痛や腹部不快感、下痢や便秘などの便通異常など様々な症状が悪化する「過敏性腸症候群(IBS)」という病気の存在などが、腸の第二の脳としての働きを明らかにしたのです。

実は腸内には膨大な数と量の細菌が住んでいるのです。私達のからだは約40~60兆個の細菌から成り立っているのですが、腸の中には約1,000種類の細菌でその数100兆個から1,000兆個もの細菌が活動していると言われ、その重さは2~3kg にもなるとされています。これは、私達のからだの中には自分を構成している細胞よりもはるかに多い細菌と共生していることになりますね。このような腸のなかの多量の細菌は大腸の壁に隙間なくびっしりと張り付いていて、顕微鏡で見るとあたかも「お花畑」(これを英語でflora:フローラと言います)のように見えることから「腸内フローラ」と呼ばれています(図2)。このお花畑、イラストのように様々なお花(細菌群)が咲き乱れるようになっているのが健康的な状態なのですが、多くの病気でそのお花畑が乱れてしまうことが明らかにされています。例えば、認知症の代表的な病気であるアルツハイマー病やパーキンソン病などの中枢神経疾患を患う患者さんでは健康な方のお花畑に比べて、その多様性が乏しくなり、アルツハイマー病の方では特にビフィズス菌が少なくなっていることが報告されているのです。ですから腸内のお花畑は色とりどりであることが健康の証でもあるのです。

これらの腸内フローラを構成する腸内細菌はその働きから大きく次の3つのグループに分けられています。1つは発酵作用のある「善玉菌」(乳酸菌やビフィズス菌など)、もう1つは、腐敗作用を持ち(毒性物質を作り出す)「悪玉菌」(大腸菌やブドウ球菌など)、そして両者のバランスを見ながら優性になった菌の働きを増加させるように働く「日和見菌」(バクテロイデスなど)の3つのグループです(図2)。

腸内フローラのイメージ

善玉菌は糖分と食物線維を材料として乳酸や酢酸などを作り腸内環境を弱酸性に整える働きをします。善玉菌の体に良いとされる働きは数多く知られています。一方、悪玉菌も(名前のように必ずしも悪い作用をするという訳ではなく)、たんぱく質を分解して便を作り出すという大切な役割を担っている必要な菌でもあるのです。ただ、便秘などでは悪玉菌が増加して便の腐敗が進みアンモニアなどの体には有害な物質が増え、肌荒れなどの不調が出やすくなるのです。

腸内フローラでは「善玉菌2:悪玉菌1:日和見菌7」というのが理想的と考えられていますが、毎日の食事や生活活動によって腸内フローラは時々刻々変化していると言っても過言ではありません。このような変動のなかで牛乳やヨーグルトに代表される乳・乳製品の摂取を増やして善玉菌をできるだけ増やすことや、高脂肪食あるいはアルコール摂取を控えめにして悪玉菌を増やさないようにすること、さらには適度な運動で腸の活動を盛んにして便の動きをサポートし、便秘にならないように心がけるなど、腸の調子を整えるような毎日の生活習慣を考えることが大事になりますね。

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鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 大学院 特任教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
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