医療と健康
「タウリン」って御存知ですか?
今月発売のアメリカの有名な科学雑誌「サイエンス」にとても興味深い論文が公表されました。アメリカのペンシルバニア大学を中心とする国際的な研究チームが共同で明らかにした研究で、私達も日常さまざまな食品から摂り入れている栄養素である「タウリン」というアミノ酸の一種(含硫アミノ酸様化合物)が、動物の寿命や健康寿命を延長させる効果のあることが明らかにした論文です。
「タウリン」が最も多く含まれている食べ物として牡蠣(カキ)が有名ですね。牡蠣以外にもホタテ、たこ、イカ、エビ、まぐろ、さけ、など魚介類に豊富に含まれている栄養素です。しかもこのタウリンは水に溶ける性質があるため、魚介類を使ったスープや鍋などでも十分に摂取できる利点もあり、皆様もほぼ毎日(知らず知らず)体内に取り込んでいる大事な栄養素の一つと言えるでしょう。タウリンはもともと私達の体内にも十分備わっており、体重の約0.1%すなわち体重60kgの方では60gの量が存在しています。特に筋肉、脳、神経、目などに多く分布し、体調を十分にコントロールし、筋肉の活動を高めたりするという大切な役割を担っているのです。
タウリンの働きとして、特に重要なのが、①血圧を正常に保ち、高血圧を予防する、②血液中のコレステロール、特に悪玉コレステロール(LDLコレステロール)や中性脂肪を減らす、③インスリン分泌を促進し、糖尿病の予防に有効である、④眼の網膜や視神経の保護作用があり、視力の衰えを防ぎ、目に関する筋肉の緊張を緩和する、そして⑤運動などによる筋肉の疲労やダメージを軽減させる、など実に多様な健康増進作用が知られています。確かに多くの疲労回復のための飲み物にはタウリンが良く含まれていますし、目薬などにもタウリンが入っているものもあります。
今回サイエンス誌に公表された論文ではマウスやサルなどを用いた動物実験ではあるものの、ヒトにも十分適用できると思われる効果が報告されています。それによると、ヒトの40歳代にあたる月齢14ヶ月のマウスに毎日タウリンを含む食事を与えたところ、寿命の中央値がメスで12%、オスで10%延長しただけでなく、加齢による免疫力の低下や、DNA(遺伝子)のダメージなどを予防することが判ったということです。さらには、よりヒトに近いサルを用いた研究では6ヶ月間タウリンを与えると、体重増加を防ぎ、骨密度を増加させ、免疫力を上昇させることが明らかになったと報告されたのです。最後にこの研究グループはヨーロッパの60歳以上の1万2千人のデータを分析し、血液中のタウリン濃度の低い人は肥満や2型糖尿病あるいは高血圧など、いわゆる私たちにもなじみの深い生活習慣病などの健康障害が増加傾向にあることを確認したのです。さらに、タウリンは先に述べた食品の摂取だけでなく、運動を続けることによって、血中のタウリン濃度を上昇させることが可能で、これが運動の老化防止対策の可能性のあることも報告しています。
先に述べましたが、タウリンは魚介類に豊富に含まれており、海に囲まれ海の幸の豊かな日本人には重大なタウリン不足が生じる可能性は少ないと思われていましたが、最近国立長寿医療研究センターが保有する日本人の40歳以上の男女中高年でのタウリン摂取量の年次推移を分析したデータが報告されています。(日本人のタウリン摂取量の年次推移を初めて推定~魚介類の摂取減に伴い8年で約2割減少~|大正製薬 (taisho.co.jp))。その結果では、タウリン摂取量の目安として300mg以上/日とされていますが、2002~2004年から2010~2012年の8年間で男女ともに約2割ものタウリン摂取量が減少し、約9割の中高年者は目安となる300mg/日以下となっていることが明らかにされました(図1)。因みにこのタウリンの1日摂取量300mgというのは、私たちの日常活動に欠かせない脚の筋力を維持出来る摂取量ということだそうです。このようなタウリン摂取量の減少の最大の理由は、調査された10年間の間に、タウリンの豊富な魚介類の摂取が約80%から75%に減少し、タウリン含量の少ない肉類の摂取が逆に約15%から20%に増加していることが一つの原因とされています。中高年期に食事からのタウリンの摂取量が減少することは、体のさまざまな不調をもたらす可能性もあります。普段の食事で不足分を補うためには少なくとも1日に1食程度、カキ、たこ、サンマなどの魚介類のメニューを取り入れることで約300mgのタウリン摂取が期待出来るとされています。是非タウリンの大切さを御理解頂き、美味しい海の幸を味わいながら、日々の健康管理に取り入れて頂きたいと思います。
(日本人のタウリン摂取量の年次推移を初めて推定~魚介類の摂取減に伴い8年で約2割減少~|大正製薬 (taisho.co.jp)より引用)
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- 鈴木 隆雄 先生
- 桜美林大学 大学院 特任教授
- 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
- 超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
- 老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
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