医療と健康
老衰死について
皆さんは「老衰死」という言葉はご存じだと思います。「老衰死」と書くと、なんだか「老いて衰えて死んでゆく」ということで、ちょっと嫌な感じもするかもしれません。でも今、超高齢社会の中にあって、「老衰死」の大切さが見直されているといっても過言ではないでしょう。
つい先日、英国ではチャールズ国王の戴冠式が行われ、英国の伝統的できらびやかな式が世界中の注目を集めていましたね。チャールズ新国王の前は「イギリスの母」とも呼ばれていたエリザベス女王が70年以上の長きにわたって英国や連邦を統治してきました。エリザベス女王は昨年9月8日に96歳でお亡くなりになられました。その時の女王の死因については「old age」、つまり「老衰」とされたのです。欧米では死因として老衰と記載することはほとんどないと言われます。まして英国の女王であり、健康管理も医学的対応も非常に手厚い状況下にあったエリザベス女王の死因ですので、何らかの病名が記載されると思うのが普通だと思います。しかし、そうではなく(特定の病気ではなく)老衰によって死亡したと公的文書である死亡診断書に記載されたのですから、医療関係者も含め多くの方が驚いたと思いますし、実際、この死因の是非について専門家らの議論もあるようです。
日本では老衰死の定義として、「高齢者が、病気やけがでなく、徐々に全身状態が衰えて、自然に心呼吸停止となり死亡すること」とされています。老衰死の多くは、自宅やお世話になっていた施設などで家族や介護者に囲まれながら、特段の医療行為などもなく、穏やかな最期を迎える例が多いのではないかと思います。このような老衰死は最近着実に増加しているのです。厚生労働省の発表によれば、2000年代以降、死亡診断書における「老衰死」の数は増えており、2000年には主要死因の第7位(全死亡のうち2.2%、総数; 2万1209人)だったものが、最新の統計によれば、2021年(令和3年)には1位の癌、2位の心疾患についで主要死因の第3位であり、全死亡のうち10.6%, 総数は15万2027人にまで増加しているのです。このような老衰死の著しい増加の背景はいろいろ考えられます。一つには医療病床の減少する一方療養や介護を中心とする病床が増加したこと、さらに病床の変化に加え医療報酬や介護報酬などで在宅や施設でのターミナルケアや看取り介護に対する報酬(加算)を増やしてきたという、いわば制度面での対策もあります。自宅や施設での療養と看取りは病院のような積極的な検査や治療を差し控える場合も多く、老衰による死亡が増加した大きな理由の一つと思われます。確かに今日では、高齢になり(慢性疾患の管理などの)医療や療養の場として自宅だけでなく、有料老人ホームやグループホーム、あるいはサービス付き高齢者住宅といった自宅で暮らすこととあまり変わらない施設で生涯を閉じる選択肢が増えてきたことは皆様もご存じだと思います。
もう一つの老衰死の増加の理由は医師の意識の変化が挙げられると思います。私が医師になったのは40年以上前なのですが、そのころには死亡診断書に「老衰死」を書くことは殆どありませんでした。特に明確な死に至る原因はなくとも、患者さんは最後には心臓が止まり、呼吸が止まるわけですので、心不全や呼吸不全という病名(というより最後の状態像だったのかもしれません)を記載していました。しかし2000年前後から、死亡診断書には安易に「心不全、呼吸不全等を死因としない」ことになりました。その結果、ご高齢で死因となるがんや虚血性心疾患といった明確な病気のないような場合には加齢によるいわば自然死である「老衰死」の病名が増えたと思われます。またこのような老衰死を自然なこととして受け入れる医師や家族の意識の変化も背景にあると思います。現実に私も数年前に96歳だった父を亡くしましたが、脊柱管狭窄で移動が不便であったことと認知機能が衰えていた面はありましたが、最後はゆっくりと眠るように旅立っていったことを覚えています。父もまた死因は老衰であり、私を含めて家族も十分納得した死でした。
少なくとも私たち日本人には、元来老衰死を迎えることに大きな抵抗はないようにも思います。しかし、今日、老衰死を迎えるためには、それなりの覚悟も必要です。普段から見ていただいているかかりつけ医の先生方はもちろんですが、ご家族の方も、そして何よりご本人も、老衰による死期が迫ってきたとき(例えば食事が摂れなくなってきたとき)、慌てて救急車を呼ぶことはなく、点滴などの延命治療をしないことなど、あらかじめ本人に関わる方々が「老衰死」に関して十分理解し納得しておくことが必要となるのです。そのためにも事前に担当の医師や看護師そして介護担当者と患者さん・家族の方と十分な話し合いを持ち共通の理解と対応策を確認しておくことが大事だと思います。
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- 鈴木 隆雄 先生
- 桜美林大学 大学院 特任教授
- 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
- 超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
- 老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
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