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医療と健康

2022年10月31日

日本の医療制度―「過去の高齢社会」から「新しい高齢社会」での在り方―

ついに、この10月1日から75歳以上の後期高齢者の方々の医療機関などの窓口で支払う医療費の自己負担割合が、現行の「1割」または「3割」に、新に「2割」が追加され、「1割」、「2割」、「3割」の3区分となりました。どの区分になるかは皆さんの年金収入や住民税課税所得などをもとに計算され、(個人単位ではなく)世帯単位で判定されます。

これまでも、世帯内に「現役並み所得者」(およそ住民税課税対象となる所得が145万円以上、年収では約383万円以上)となる被保険者がいる場合には(その世帯全員が)「3割」の負担でした。これまではそれ以外は全て「1割」の負担でしたが、10月からは世帯内に課税所得が28万円以上の後期高齢者がいる場合で、その人数や合計所得によって新たに「2割」負担の区分が適用されることになります(図)。「2割」の区分になった方は、これまでの医療費の窓口負担は「1割」から「2割」へと倍増しますので、仮にご夫婦で通院治療に月1万円の支払いであったものが月額2万円、さらに1年間では(12万円から24万円へと)12万円もの増加となり、それ以外にも介護保険料の年金からの天引き、さらには頼みの綱である年金自体が少しずつ減額されていることなどで、75歳以上のご夫婦2人暮らしの方などには非常に厳しい状況になる場合もあり、医療の受診控えなどにもなることが懸念されています。

75歳以上の高齢者で医療費窓口負担が2割りになる場合の所得判定の考え方

今回、自己負担割合の引き上げ対象になったのは、これまで1割負担だった人の中で、いわば所得が上位に位置する方々ということになります。しかし、このような医療費の負担増の問題は常に賛否両論となりますし、負担増の高齢者の方には反対する方も少なくありません。特に図のように、ご夫婦2人暮らしで、合計所得が320万円をわずかに超える場合には、非常に厳しいという声が上がっています。
このような後期高齢者医療制度の見直しの背景はひとえに増大する医療費への対応ということができます。そもそも、日本の老人医療制度を含む社会保障制度は、経済が右肩上がりの高度経済成長期に構築されてきました。当時はまだ老人人口や高齢化率が低く、働き手である若い人が人口の中核を占めている時代だったのです。医療保険についても、働く世代の人口割合が大きく、サラリーマンなど就労者の雇用や所得も安定し、右肩上がりに成長していることを前提として、高齢者の医療財源を若年・中年層が支援(補完)する形として構築されました。しかし、現在、就労者人口が減少傾向となる一方、高齢者人口・高齢者割合が急増し、いわば、過去の社会の大前提が崩れてしまったのです。にもかかわらず、若い世代が増加・膨張する高齢世代の医療費を補完する構造は全く変わっていないのです。

具体的な数字で見てみましょう。現在「団塊の世代」の方々が75歳以上の後期高齢者に移行しています。令和7年には団塊の世代の全員が後期高齢者となります。そのため後期高齢者の人口が急激に増え、現在より300万人以上も増加すると推定されています。誰でもそうですが、後期高齢期にはどうしても高血圧、心臓病、関節症、糖尿病、白内障等々複数の慢性疾患を持ってしまいます。そのために医療費は確実に増大してしまうのです。実際、医療費は増加の一途で、2000年度に26兆6千億円だった給付費はいま、約1.5倍の40兆8千億円にまで膨れ上がっているのです。今後も後期高齢者の医療費を中心に医療費はさらに押し上げられそうなのです。一方、後期高齢者の医療費(現在総額約18兆4千億円)は本人からの保険料(1.5兆円)や公費(税金;8.0兆円)以外に現役世代からの支援金が約4割(7.0兆円)投入されているのです(図)。この現役世代の支援金というのはいわば皆さんの子供や孫の負担となっているのです。しかしこの現役世代は少子化の影響を受けて減少の一途をたどっています。このままでは子や孫の現役世代に過重な負担がかかることは皆様も容易にご理解できるかと思います。今回の自己負担割合の見直しは、そうした現役世代の負担を抑え、今後も国民皆保険を維持し未来につなげていくための対策ということになるのです。いわば古い高齢社会の医療制度から新しい高齢社会の医療制度に本格的に変えなくてはいけない時期になっていると思います。

一方でこの30年間、高齢者の体力や生活動作能力なども大きく改善していることはすでにこのコラムでもお話ししました。現在の前期高齢者(65-74歳)を中心として、高齢者は「過去の高齢者」ではなく、若々しく活力にあふれた「新しい高齢者」が圧倒的に多くなっているのです。さらに働く世代と高齢世代での経済状況も大きく変わってきました。一言で言えば、労働による収入(所得)はもちろん若い世代のほうが大きいのですが、年金などの社会保障制度がよく機能していることで高齢者の所得(これを「再配分所得」といいます)が大きく、働く世代とそれほど大きな差がなくなっている面もあるのです。従って、生活面、健康面、そして経済面での大きな改善の見られる今日、単に65歳以上という年齢だけで「高齢者」であるとして、一律に医療費の患者負担などが低く抑えられていることは、働く世代・若い世代の方々に本当に納得していただける仕組みにはなっていないように思われます。
もちろん、高齢者の方の中で所得の低い方に対しては負担軽減のための措置が必要であることは言うまでもないことだと思いますが、若々しい前期高齢者、あるいは「新しい高齢者」の方々には「応能負担」という原則に立ち返り、保険料はもとより患者負担についても所得比例、すなわち所得の大きい方では保険料・患者負担も大きくするという方向に是正することも必要なのではないかとも考えられます。

このように増加・膨張を続ける高齢者医療費に、国も高齢者個々の経済的能力に応じた負担を打ち出していますが、それだけで効果が出たり解決したりする問題ではありません。しかし、確かに若い働く世代にのみ依存するような医療保健のあり方も決して好ましいものではないと思います。ある意味、誰もが痛みを伴う難しい問題なのですが、皆様も社会全体でどのように今後の増え続ける医療費さらに介護費などの社会のセーフティーネットである社会保障に対してどのように対応してゆけばよいのかを是非一度お考え頂ければと思います。

後期高齢者の医療にかかる費用

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鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 大学院 特任教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊 
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