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コラム

2019年01月16日

想い出のきもの~大切なきものを泣かせてはいけません<市田ひろみ 連載32>

「うちのお客様で、市田先生が来られたら、祖母のきものを見てほしいという方がいらっしゃるので、宜しくお願いします」

呉服の展示会で、家族の誰かのきものを持ってくる人が時々いる。ラジオの番組でも、リスナーからきものを売りたいのだけれど、どこへ持っていったら良いのかという質問もある。たしかに、もう着なくなったきものは、かさばって邪魔になるものもあるかもしれない。
今は古着屋さんにきものを持っていっても、希望通りの値段はつかない。どんなに自分の気に入ったものであっても、残念ながら千円、二千円というところらしい。

私は何度かいやな思いをしたので、一切きものの処分のお世話はしないことにしている。

午後、持参されるというきものは、珍しい裾もようで、滅多にないきれいな色で、保存状態も良いらしい。呉服屋のT氏は、お客様から聞いたままを熱っぽく私に説明してくれた。
午後、祖母のきものを風呂敷につつんで、お供の人に持たせてやって来た。あきらかに風格のある、上品な御婦人だ。
風呂敷からきものがあらわれた。水色地の上前に、白い鷺が書いてある。
延々ときものを見せながら、奥様はどんなに価値のあるものかを途切れることなく話された。私はあいづちを打ちながら、奥様がこのきものをどうしたいのか、つかめない。
私は勇気をもって聞いた。
「お売りになりたいのですか?」
奥様はこうおっしゃった。
「私が死んだあと、誰がこのきものの面倒を見てくれるのか、わかりませんし……」
やっぱり売りたかったのだ。ここまで来るのに30分はかかった。いきなりお金のことを言いにくかったのだ。
このきものは、年代的には昭和のはじめ頃。百年以上経っていれば、いくらか値がつくかもしれないが……。
「奥様、手離されるのはお淋しいでしょうし、お持ちになっておられた方が良いのではないでしょうか。思い出の詰まった御衣装、千円や二千円なんて言われたら、きっとつらい思いでしょう」
奥様は思いがけない言葉を返された。私の目を見てはっきりと。
「千円の値打ちしか無いとおっしゃるのですか?」
「そういう意味ではないのです」
奥様は、水色のきものを風呂敷につつんで、荒っぽく袖だたみをして、さっと立ちあがって廊下の方へ出て行かれた。
冷たい空気が流れた。いやな雰囲気だ。

こんなこともあった。北九州へ講演に行った時。
「市田先生、お客様が待ってますよ」
「誰?」
「いや、市田先生の手紙持っておられます」
その人は一反風呂敷に5~6枚のきものをつつんで、私の手紙をかざしている。
「このきもの、買ってほしいんだけど……」
「私は売買はしないのです」
「もう着ないし、邪魔なのよ。生徒のけいこ用とか使えるでしょ」
私がかたくなに断るので、ふてくされて、一反風呂敷に荒々しくつつんで出ていった。たとえ善意であっても、手紙はこんな風に使われるのだ。
せっかく折ふし大切にしてもらったきものが、きっと泣いているに違いない。(老友新聞社)

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市田 ひろみ
  • 服飾評論家

重役秘書としてのOLをスタートに女優、美容師などを経て、現在は服飾評論家、エッセイスト、日本和装師会会長を務める。

書家としても活躍。講演会で日本中を駆けめぐるかたわら、世界の民族衣装を求めて膨大なコレクションを持ち、日本各地で展覧会を催す。

テレビCMの〝お茶のおばさん〟としても親しまれACC全日本CMフェスティバル賞を受賞。二〇〇一年厚生労働大臣より着付技術において「卓越技能者表彰」を授章。

二〇〇八年七月、G8洞爺湖サミット配偶者プログラムでは詩書と源氏物語を語り、十二単の着付を披露する。

現在、京都市観光協会副会長を務める。

テレビ朝日「京都迷宮案内」で女将役、NHK「おしゃれ工房」などテレビ出演多数。

著書多数。講演活動で活躍。海外文化交流も一〇六都市におよぶ。

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