コラム
かわいい?アート?それとも信仰に基づくもの…?「おっちゃんといれずみ」<市田ひろみ 連載17>
タイトルは忘れたが、若者をスタジオに集合させたバラエティ番組だった。
「いれずみ」がテーマだった。いろんな感想がとびかった。
「かわいい」「アートだ」「おしゃれだ」「シールだったら、いろいろなデザインが楽しめる」など。
「可愛い」という言葉は、若者たちが最も多く使う言葉だが、「可愛い」という言葉の意味は、広くて、あいまいだ。
とくに結論を出すという番組ではなく、遠慮なくおしゃべりは続いた。
私は、世界の民族衣装の研究をしていて、百カ国を歩いたが、多くの村でいれずみを見た。
中央アジアを訪ねたのは1976年。その頃は、ほとんどの女性が絣のハンアトラスとよばれる絹のワンピースを着ていた。
タシケントでも、絹の絣のワンピースを見た。
ウズベク族のこの衣装は、いわば日本の銘仙だ。先染めの絵絣。
だぶだぶズボンをはいて、七分丈のワンピース。そしてチユピチェイカとよばれる小さな帽子。高齢者のハンアトラスは黒と緑とか、若い人は茶色と青とか、年齢にあわせて色の組み合わせがある。
そして現在は知らないが、サマルカンドでも一文字眉の人を見た。いれずみで、両方の眉をつないでいる。
バザールでは、32歳という女性も一文字眉。
15~16歳から一文字眉にするそうだ。
習慣ということしかわからない。写真を撮らせてほしいというと、はにかんで逃げ出さんばかり。
何としても撮りたいと思い、頼みこんでいる間に人だかり。その取りかこむおばさん達が私の味方となってくれて、貴重な一文字眉を撮ることができた。
ニュージーランドのマオリ族も、顔にいれずみをする。それぞれの民族に伝統的な文様がある。
ファッションでもなく、アートでもなく、彼らの信仰にもとづくものであることが多い。
こうして彼等の伝統的文様は引き継がれてゆくのだ。
おそらく、アメリカでも先住民族の習慣が、形を変えつつ継承されてきたのではないか。
ところがこの頃、ニューヨークやロスアンゼルスで、日本の漢字のいれずみが流行している。
2~3年前、ロスアンゼルスで「誠」といういれずみを入れた青年に、その字はどんな意味があるか知っているかと聞いたら、
「しんせんぐみ、さむらい」
と答えた。
新選組も、海をこえて、アートとして表現されている。
私は、復帰前から染織の研究で、沖縄へ何度か行っていた。
国際通りに何軒かの骨董屋さんがあって、そのうちの一軒が気にいって、必ず沖縄へ行くと、おっちゃんの店を訪ねた。
ある時訪ねたら、上半身、いれずみ。びっくりして近づいたら、なんとそれはTシャツだった。
当時は今のようにいろいろなデザインのTシャツがあるわけではない。
おっちゃんの着ていたのは英語と何かの花が書いてあったが、アメリカ人の友達からもらったといっていた。
私は染織のみならず、焼物や壺についても、おっちゃんから多くのものを学んだ。
おっちゃんは牧志で生まれて、小学校を出てすぐに働きに行った。
那覇は、大きくさまがわりした。おっちゃんは今、どこにいるだろうか。
おっちゃんの店は今はなく、私にとって大切な沖縄の語り部に、もう逢うことはない。(老友新聞社)
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- 市田 ひろみ
- 服飾評論家
重役秘書としてのOLをスタートに女優、美容師などを経て、現在は服飾評論家、エッセイスト、日本和装師会会長を務める。
書家としても活躍。講演会で日本中を駆けめぐるかたわら、世界の民族衣装を求めて膨大なコレクションを持ち、日本各地で展覧会を催す。
テレビCMの〝お茶のおばさん〟としても親しまれACC全日本CMフェスティバル賞を受賞。二〇〇一年厚生労働大臣より着付技術において「卓越技能者表彰」を授章。
二〇〇八年七月、G8洞爺湖サミット配偶者プログラムでは詩書と源氏物語を語り、十二単の着付を披露する。
現在、京都市観光協会副会長を務める。
テレビ朝日「京都迷宮案内」で女将役、NHK「おしゃれ工房」などテレビ出演多数。
著書多数。講演活動で活躍。海外文化交流も一〇六都市におよぶ。
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