コラム
玉木正之のスポーツ博覧会
2019年07月29日
女子マラソン界の名伯楽で「異端児」 小出義雄氏の死を悼む
女子マラソン界の名伯楽・小出義雄氏が亡くなった。享年80歳。戦争の最中の生れだと知って、改めて驚いた。彼は、まだ軍隊式猛特訓が主流だった戦後日本のスポーツ界で、笑顔で楽しく練習させた最初の指導者だった。
言わば異端児。だから陸上界主流の男子長距離のコーチは行えず、女子選手を教えたのだろう。しかも、有森裕子、鈴木博美、高橋尚子など、小出氏が見事に育てた五輪や世界陸上のメダリストたちは、誰もが中高校時代には無名だった選手ばかり。
過去に何度か、練習場所やパーティーの席で新聞記者と談笑されていた時に、その輪に加わってお話を訊くことができた。お酒が好きな小出氏が「酒呑みは顔を見ればわかるな」と笑顔でおっしゃったので「足の速い選手も顔で分かりますか?」と訊いたところが、「顔じゃわからんよ」と答えられた直後、「でも、走る姿を見ればわかるね」とおっしゃった。「今は『かけっこ』をしても遅いけど、将来速くなる選手というのは、走る姿を見れば、わかるんだな。そういう選手のタイムがあがってくるのを見るのは嬉しいね」
小出さんは、マラソンも含めた競争を表すのに、「かけっこ」という言葉を使われていた。「かけっこは、誰でも速くなりたいよな。速くなったら嬉しいよな。だから俺は、みんなが嬉しくなる手助けをしてるんだな」
誰もが標高千五百m程度で高地トレーニングをしているときに、小出氏は3千m近い高地を選んで走らせた。「悪い環境で走らなきゃダメ。本番の時の環境も良いとは限らないんだから」
最先端の科学的練習も、赤血球の増加には……などと言わず、誰もがわかる言葉で語られた。彼の残した指導法を引き続き発展させてほしい。
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