コラム
マコのよもやま話 | 和泉 雅子
連載14 不思議なビール
昨日、銀座の歌舞伎座の前にある骨董屋さんで、ビートルズのコップを手に入れた。あの、有名な、4人がレコーディングの最中にスタジオを飛び出して、横断歩道を渡る写真。「いいなあ」と毎日ウインドウを眺めていた。その骨董屋さんが店じまいをするという。もう二度とビートルズのコップに逢えないかもしれない。あせった私、さっそくコップを買いに行った。手にした瞬間、感無量だった。いよいよ、ビートルズのコップに、ビールを注ぐ。グイっと飲んだ。その途端、不思議だ。ふしぎ。急に、私の大好きな神々達が顔を出した。
まず大ファンのヘイリー・ミルズが顔を出した。アッ、ヘイリー・ミルズを御存知ですか。イギリスの女優さんで、俳優ジョン・ミルズさんのお嬢さんです。私の神でした。アッ、神といえば、幼稚園は築地明石町の聖路加病院の前の、聖ヨゼフ幼稚園です。この年、泰明に幼稚園ができたのに、アキラ君とまゆみちゃんと私の三人が知らなくて、ヨゼフだったわけです。大きなお御堂があり、そこにキリストさんがいます。神父さんと奥さんが幼稚園の奥に住んでいて、いつも遊んでくれました。皆、バスケットにお弁当を入れて登園しましたが、私は一度もお弁当を持たされたことがありません。
銀座の食堂は、昼の11時から夜の11時までの営業が当たり前なので、私を起こすお当番がいて、あとは全員寝てます。お向かいのくだもの屋のおばちゃんが「まさこちゃん、バス来たよ」と声を掛けてくれると、大好きなボンネットバスに乗ります。女性の車掌さんが、大きなガマグチのカバンを腰にさげ、切符を売ったり回数券にハサミを入れたりする。手で扉を閉めて「後車オーライ、発車オーライ」というと、バスが走り出す。子供は5円だった。
さて、昼になると家の若い衆が自転車で出前をしてくれる。うな丼、天丼、にぎり寿司、これが私のお弁当です。「まさこちゃん、いいなあ」「まゆみちゃんこそ、いいなあ」と、しょっちゅう取り替えっこしていました。ちゃっかりバスケットのお弁当をゲットでーす。朝はお御堂で「アーメン」昼も「アーメン」帰る時も「アーメン」ですが、特に昼は力を込めて言いました。
ある時、私の大事な神さま、キリストさんを吹っ飛ばしたのが、アラン・ドロンでした。もう最高にかっこ良くて、来日して日本橋の白木屋でサイン会があり、もちろんすっ飛んで行き、サインをもらいました。そして私の神さまアラン・ドロンを吹っ飛ばしたのが、ヘイリー・ミルズでした。デズニー映画社が製作した『罠にかかったパパとママ』に出逢ってしまったのです。原作は『ふたごのロッテ』罠にかかってしまったかのように、11回も観てしまいました。もう、ぞっこんで、サー姉ちゃん(吉永小百合さん)に、ヘイリーの話ばかり。映画の中で、双子が胸の前で手を交差してピースを作り、合図しあうのだが、サー姉ちゃんに頼んで、撮影所内ですれ違うたびに、あの合図を交わしていました。最近になって「ヘイリーのあの合図につきあってくれて、ありがとう」と言うと、サー姉ちゃん「だってマー坊、やらないとキーキー襲い掛かられるようで、しかたなくつきあったの」と、二人で大笑いだった。
なんと、私の神ヘイリーが来日するという。御多分にもれず、雑誌や新聞のマコ番記者さんにも、ヘイリーの話ばかり。雑誌『近代映画』が逢えるようにしてくれた。当日は、気絶寸前で帝国ホテルへ。「アッ、ヘイリー」お互いに、少し大人になったが、あの時の面影いっぱい。私の神さまヘイリーに逢えるなんて。何回も頬をつねった。痛い。本当だ。と全身で幸せだった。
さて、私の神さまヘイリーを吹っ飛ばしたのが、なんとビートルズでした。いったい、どれだけの私の神さまを吹っ飛ばせば気が済むの。罰が当たるゾ。と、骨董屋で買ってきたビートルズのコップのビールを、豪快に、グイッと飲み干した。じゃあ、またね。
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- 和泉 雅子
- 女優 冒険家
- 1947年7月東京銀座に生まれる。10歳で劇団若草に入団。1961年、14歳で日活に入社。多くの映画に出演。1963年、浦山監督『非行少女』で15歳の不良少女を力演し、演技力を認められた。この映画は同年第3回モスクワ映画祭金賞を受賞し、審査委員のジャン・ギャバンに絶賛された。以後青春スターとして活躍した。
1970年代から活動の場をテレビと舞台に移し、多くのドラマに出演している。
1983年テレビドキュメンタリーの取材で南極に行き、1984年からは毎年2回以上北極の旅を続けている。1985年、5名の隊員と共に北極点を目指したが、北緯88度40分で断念。1989年再度北極点を目指し成功した。
余技として、絵画、写真、彫刻、刺繍、鼓(つづみ)、日本舞踊など多彩な趣味を持つ。 - 主な著書:『私だけの北極点』1985年講談社、『笑ってよ北極点』1989年文藝春秋、『ハロー・オーロラ!』1994年文藝春秋。
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