コラム
マコのよもやま話 | 和泉 雅子
連載12 サー姉ちゃんに叱られる
サー姉ちゃん、吉永小百合さんのことです。運よく、日活入社、一年後輩で。運よく、三人娘になれて。運よく、控室が一緒で。最高です。廊下のドアを開けると、三つお部屋があり、それぞれドアがある。入ってすぐのドアは、いづみちゃん(芦川いづみさん)とルリちゃん(浅丘るり子さん)のお部屋。真中のドアが、三人娘のお部屋。奥が、ゲスト女優さんのお部屋。
日活の控室は、全て土足で、最新の近代的なお部屋だ。細長いお部屋で、突き当りはベランダ。太陽が燦々と降り注いでいる。左側の壁には鏡が張り付けてあり、長い化粧台がある。右側には、白いカバーのかかった、しっかりした長イスと、ロッカーがある。
小百合ちゃんは、いつもベランダに近い鏡の前で、台本をしっかり読み、せりふもしっかり覚えている。それが一段落すると、なんと、学校の勉強を始める。こんな人、見たことがない。すごい。
私はというと、長イスに座っている小百合ちゃんのお母さんと私の母を相手に、暇さえあれば歌って踊ってナゾナゾクイズをして、台本も読まない。せりふも覚えない。勉強もしない。まったくあきれた、自分であります。
ある時、小百合ちゃん「マー坊、私のこと、サー姉ちゃんと呼んでいいよお」「え、ヤッター」この日から小百合ちゃんのことを「サー姉ちゃん」と呼ぶようになった。サー姉ちゃんは
三姉妹。お姉さん、サー姉ちゃん、妹さん。妹さんが「サー姉ちゃん」と呼ぶそうだ。光栄です。
お昼休みにお部屋にいないときは、撮影部さんの部屋の前で、将棋か囲碁を打っている。かと思うと、スタッフとキャッチボールをしている。かっこいい。
フォークソングが流行っていた、ある日「マー坊、ギターやろうよ」とサー姉ちゃん。「オーケー」と私。さっそく、音楽の天才、ケンちゃん(山内賢さん)にギターを見立ててもらい、もちろん、ケンちゃんがギターの先生。サー姉ちゃんは、アッという間にギターのコードを覚えたが、私はモタモタ。サー姉ちゃんはジョーン・バエズの大ファン。私はP・P・M(ピーター・ポールアンドマリー)の大ファン。レコードの交換会をしたり、お部屋で、二人で、夢中でギターを弾いた。
ある日、サー姉ちゃん「マー坊、帰りに家に寄ってね」。さっそく、サー姉ちゃんの自動車でお家へ向かう。社内のラジオで、野球中継が流れていた。サー姉ちゃんラジオを聞いて、拍手をしたり、応援したりしていた。すごい。ラジオを聞いただけで、野球が分かるんだ、と感心。私、将棋も囲碁も野球もさっぱり分からないのに、天才。
サー姉ちゃんの家は、山ノ手の住宅街で、西洋風の建物だった。玄関前の棚に植え木がいっぱい置いてある下町しか知らなかった私は、外国に来たようだった。
応接間に通されると、そこに「銀河鉄道の夜」という本と、オープンリールのテープレコーダーが用意されていた。「この本を朗読して、録音しようね」「はーい」と言ったものの、マンガばかりで本を読んだことがない。ドキドキしていたら「大丈夫。マー坊はカンパネルラのせりふだけ言ってね」ああ、良かった。ホッとする。無事終了。
「これ、どうするの」と聞いたら「目の不自由な人は本が読めないでしょ。お耳で、本を聞いてもらうのよ。ボランティアなの」「へえ。ボランテア?」「そう。姉が図書館に勤務しているので、テープを寄付するの」。なんと、サー姉ちゃんに生まれて初めて、ボランティアを教わり、清々しい気分だった。
今でも、時々逢うことがある。その時、私が常識外れな行動をしたり、ブチブチ文句を言ってると、決まってサー姉ちゃん「これ。マー坊。これ」と叱ってくれる。
サー姉ちゃんは私にとって、なくてはならない、大切なお姉さんです。
さて、次は、どんな常識外れで、叱られようかなあ。「これ。マー坊。これ」うーん、たまんなーい。じゃあ、またね。
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- 和泉 雅子
- 女優 冒険家
- 1947年7月東京銀座に生まれる。10歳で劇団若草に入団。1961年、14歳で日活に入社。多くの映画に出演。1963年、浦山監督『非行少女』で15歳の不良少女を力演し、演技力を認められた。この映画は同年第3回モスクワ映画祭金賞を受賞し、審査委員のジャン・ギャバンに絶賛された。以後青春スターとして活躍した。
1970年代から活動の場をテレビと舞台に移し、多くのドラマに出演している。
1983年テレビドキュメンタリーの取材で南極に行き、1984年からは毎年2回以上北極の旅を続けている。1985年、5名の隊員と共に北極点を目指したが、北緯88度40分で断念。1989年再度北極点を目指し成功した。
余技として、絵画、写真、彫刻、刺繍、鼓(つづみ)、日本舞踊など多彩な趣味を持つ。 - 主な著書:『私だけの北極点』1985年講談社、『笑ってよ北極点』1989年文藝春秋、『ハロー・オーロラ!』1994年文藝春秋。
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