コラム
かがやく人
免許返納で注目を集めた高木ブーさん。「車は自分の城みたいなもの。でも年とったら別の楽しみを見つけては?」
1969~85年、お化け番組ともいわれた『8時だヨ!全員集合』で一世を風靡したザ・ドリフターズの高木ブーさん。2017年に84歳で運転免許を返納したことで話題になりました。小池都知事も「モデルケースの1つ」と感謝したという、免許返納に関するエピソードをご紹介します。
前の記事「ザ・ドリフターズの高木ブーさんが84歳で免許返納。「こんなスゴイことになるとは思わなかった」」はこちら。
40歳を過ぎて取った自動車運転免許
2017年3月、運転免許の自主返納で注目を集めた高木ブーさん。なんと、免許を取得したのは40歳を過ぎてからだといいます。
「実はね、俺、自転車に乗れないの。6人兄弟の末っ子だったから、親父に溺愛されてて『自転車なんて危ない!』って、乗らせてもらえなかったんだよ。だから、自動車の運転免許は欲しかった。みんな持ってるしね、そりゃあ俺も欲しいよ。
『8時だヨ!全員集合』で忙しくしてるときだったけど、たまたま3カ月休みがもらえたことがあって。山形で親戚が自動車教習所をやってたから、そこでオマケしてもらって(笑)免許取ってね。初めて自分で買った車はオンボロのカローラ。でも、それじゃ仕事に使えないってクラウンに買い換えて、運転手を雇った。
交通事故も経験してるよ。ゴルフだったか、射撃だったかの帰りに東名高速で、前を走ってる4~5トントラックに運転手が突っ込んじゃったの。俺は後部座席に乗ってたんだけど、眉間からおでこにかけてザックリ切れる大怪我。搬送された病院で『この人はテレビに出る人だから』って、医者がそれはそれは丁寧に傷を縫ってくれてね。あんまり丁寧に縫うもんだから、最後のほうが麻酔が切れちゃって痛かった(笑)。そのおかげで、今じゃ全然傷跡も残ってない」。
クラウン以降は、メルセデスベンツを贔屓にし、免許返納当時に乗っていた愛車もスマートというドイツ車。
「ずっと左ハンドルの車しか乗ってなかったけど、免許返納するからってテレビで『高木ブー、ラスト運転』みたいな番組をやったときに、用意されてたのが右ハンドルのホンダの新車。慣れないから壁こすりそうになっちゃったりしてね(笑)。でも、そのとき驚いた。最近の車は性能がいい!って。ブレーキやアクセルは効くし、運転もしやすい。これなら俺もまだまだイケるって思ったんだけど、返すって宣言しちゃったあとだったから。気づくのが遅かったなぁ(しみじみ)。
今は自動運転ブレーキ機能とか安全性能面でも進歩してるから、これから先はもっと進化するんじゃないかと思うんだよね。運転席に乗って、自分が何歳かを入力したら、それにあわせて運転モードが変わって事故を起こさないように安全に走ってくれる、みたいな。そうなったら、もう一回免許取っちゃうよ(笑)」
人生も趣味も”都内の運転”と同じ
未来の車に思いをはせるブーさん。その背景には、車がなければ暮らしていけない地方在住の高齢者への思いがあります。
「東京みたいにバスも電車もタクシーもある所なら車がなくても暮らしていけるけど、公共の交通網が発達してない地方に住んでいる高齢者にとってみれば、車がないと買い物にも病院にも行けないもの。家族1人につき小型車1台みたいな所って、いっぱいあるでしょう。そういう地域で暮らす人に自主返納をっていうのは難しいよね。死活問題だから。
でも、年をとると反射神経も運動神経も鈍る。どうしても車を手放せないなら、安全への責任を考えて、せめて安全性能の高い車を選ぶ、乗り換えるっていうも手じゃないかと思うんだよね」。
免許返納前までは10年以上、スマートという2人乗りのコンパクトカーに乗っていたブーさん。
「だから、”車は自分の城”っていう感覚がわかる。誰からもうるさいこといわれない、心休まるくつろぎの空間で”殿”気分になれるでしょ。それを手放したくないっていう気持ちもあるんじゃないかな、免許返納をためらってる人たちの中には。そういう人たちは、趣味を充実させるとか、自分が”殿”気分になれるほかの楽しみを見つけるのもいいかもしれないよね」。
タレントとして活躍する一方で、ウクレレ奏者として、アロハシャツやハワイが大好きな趣味の達人としても知られるブーさんならではのアドバイスです。そして、親の免許返納問題に悩める世代には、こんなメッセージも。
「旅行でも何でも年とってお金ができてから楽しめってよくいうけど、俺は違うと思う。年とったら体が動かないんだもん。いろんな所へ行ったり、いろんなことをやるのは若いうちだよ、若いうち。がんばってお金ためて、体が動くうちにやっておいたほうが絶対いい」。 車の運転もそのひとつ。自分が親の年になったとき、後悔なく手放すためにも40~50代の間は、安全運転に責任を持ちながらカーライフを存分に楽しんだほうがいい、とブーさん。モットーである「運と実力とチャンス」の3つをフルに活かし、悔いなく人生を堪能してきた達人のことばだからこそ、胸に響きます。
「人生も”都内の運転”と同じ。スピードを出し過ぎちゃいけない、追い越しちゃいけない。若い頃は早く!早く!って乱暴な運転をしてても、40~50代になると安全優先に自然と変わってくるでしょう。それと一緒で、人生も趣味もゆっくり心ゆくまで楽しまなくちゃ」。
取材・文/岸田直子 撮影/松本順子
高木ブー(たかぎ・ぶー)さん
1933年3月8日生まれ。中央大学卒業後、プロミュージシャンとなり米軍キャンプなどで演奏。1964年、故いかりや長介に誘われて、ザ・ドリフターズに参加。1969~1985年、テレビ番組『8時だヨ!全員集合』で一世を風靡。以降もタレントとして、ミュージシャン(ウクレレ奏者、ギタリスト)として活躍している。
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