コラム
「長屋のおかみさんの一日」家事に毎日大忙し~連載66
いつの時代も女性は太陽! 家庭を切り盛りし家族の世話をして輝いていました。今は本当にいい時代になり、洗濯は全自動、掃除機だってクルクルと勝手に動いてくれるし、外出先からお風呂を沸かせる時代です。ほんのひと昔前はこんな便利になろうとは想像すら出来ませんでしたから、この様子を江戸の女性が知ったら腰を抜かすに違いありません。
江戸の街は明け六つ(午前6時頃)の鐘が鳴ると木戸が開かれます。長屋のおかみさん達はそれより早くから一日の仕事を開始します。まず、家族の朝食の支度。井戸で水を汲み、米を研ぎ、土間のかまどに火を起こし、一気に夕食の分まで炊き上げます。その間に井戸で顔を洗って、漢方薬と細かい磨き砂を混ぜた市販の歯磨き粉を房楊枝に付け歯を磨き、身支度を整えてから家族を起こし、棒手振りから納豆や豆腐を買って、やっと朝食です。
夫を仕事に送り出してから、残ったご飯が腐らないようにしゃもじで水気を飛ばしてからおひつに移し変え、妻としての身だしなみのお歯黒を染め変えます。次は井戸端会議をしながら、灰汁を使い、たらいに洗濯板でゴシゴシと洗濯の時間。ここで少しホッとすることが出来るのです。今と比べるとここまででかなりの重労働です。
これであっと言う間に午前中が終わります。お昼ごはんは子供と共に質素なおかずと冷や飯で済ませ、午後一番の仕事の繕い物と掃除に取り掛かります。それから、子供が寺子屋から帰ってくるまで、針仕事の内職などに精を出し、そうしているうちに、棒手振りが元気な売り声で長屋の前にやって来る時間になるので、その声に誘われておかずの材料を買いに走ります。隙間時間なく働いているので、移動スーパーが家の前まで来てくれるのは大変便利で有難かったに違いありません。
午後7時位には湯屋から戻った夫と子供と共に夕食。といっても、おひつの中で冷えて固まったご飯を漬物と一緒にお茶漬けにして、せいぜいもう一品のおかずが付いておしまい。夫と子供を先に休ませて、「しまい湯」へ。この時間がやっと家事から解放されて至福の時、近所のおかみさん達と話に花を咲かせ家に帰ると頃には午後9時を回っています。行灯の油は高いので、さっさと消して就寝。これだけ動いていれば布団に入ったとたんに眠りに落ちたことでしょう。
「家族のためにせっせと働く」今ではあまり聞かなくなった台詞ですが、ついこの前の昭和の時代も、これに近い生活だったと思います。こういう生活をしていると、家族のことだけを考えているおかみさんは、変な人間関係に悩まされたり、仕事のストレスもなく、ある意味幸せだったのではないかと思うのです。
世の中が目覚ましい進歩を遂げ便利になった反面、私達は確実に目に見えないものを失っています。
路地裏に元気なおかみさんや子供達の声が響く時代ではないですが、どんな時代でも女性は家族の中で輝く太陽であって欲しいと思うのです。
(本稿は老友新聞2016年9月号に掲載された当時のものです)
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