コラム
「江戸銭湯の七つ道具」時代が変われば持ち物変わる~連載65
都内で使える回数券を購入して区内の天然黒湯を満喫している私ですが、銭湯というものはいつの時代も裸の付き合い、コミュニティの場です。どこの何が美味しいとか、どこのお医者の腕が良いとか、いろいろな情報を仕入れられます。
良く観察していると、どこの銭湯にも必ずご常連がいて、銭湯での会話が元気の秘訣になっているようです。ご常連の持ち物を見ていると、プラスティックの水切りカゴにシャンプー・コンディショナー(ひと昔前はリンス)・石鹸・軽石・ボディタオル・洗顔用品・マッサージグッズ・歯ブラシなど様々で、人それぞれにお風呂道具にはこだわりがあるようです。
江戸の人達はどのようなものを持参して、銭湯ライフを楽しんでいたのでしょう。浮世絵などを見ると探ることが出来るのです。
なにがなくてもまずは「手拭い」。江戸時代になると、藍染や柄物が増えていき、もともとは長い物を用途に合わせて切って使っていたのですが、幕末になって、だいたい今のサイズ、鯨尺で二尺五寸となりました。両端が切りっぱなしなのはその名残です。日本手拭いは最近大変見直されています。季節ごとに飾っておいても絵画のように美しいです。
さて次は「糠袋」。もち米の物が一番とされていました。袋は茜木綿で赤色だったため、「紅葉袋」とも呼ばれていました。糠の他に小豆や他の豆の粉を入れたこともあったようです。
洗顔フォームの代わりは「うぐいすの糞」。これを顔に刷り込むと肌がツルツルになるという優れもので、うぐいすの糞を粉末状にして、水に溶いたものです。「鳥の糞顔のはたけのこやしになり」という歌もありました。つるつるになった肌には「ヘチマ水」でしっとり。江戸では「美人水」といわれ、ヘチマのツルを切って取れた養分を化粧水にしたもので、室町時代に中国から伝わって来ました。当時は乾燥したヘチマも垢落としとして使われていたので、ヘチマは貴重な存在だったのです。
ヘチマの次は「烏瓜」。ひびやあかぎれの薬で、銭湯ではおもに赤と黄色の烏瓜が、入浴時に糠袋に入れて糠と混ぜ合わせて使われていました。これで足の裏をこすると現在の軽石の役目をしていたというわけです。
そして、現代の脱毛クリームにあたるのが「毛切り石」です。小さな丸い石と石とをこすり合わせて、毛を除去するのです。きわめて原子的ですが、これがまことに良く毛を切ることが出来たというのです。男性のひげなどは、「二枚貝」にはさんで、毛抜き代わりに使っていました。これは、櫛、爪切りハサミなどと一緒に、銭湯に備え付けでした。
いかがでしょうか、以上の七つ道具。今でも手に入るものですし、十分に使えそうです。完全に天然のものですから、身体にも、地球にも優しいものばかりです。時代をくるくると巻き戻して、時には江戸の七つ道具で銭湯に行くのも粋かもしれません。その時は勿論、浴衣に下駄がお似合いです。
(本稿は老友新聞2016年8月号に掲載された当時のものです)
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