コラム
その歴史は古く縄文時代から!?不老長生の食「蕎麦」のお話…連載31
除夜の鐘をききながら年越しそばをすする…もうすぐ大晦日。今回は蕎麦のお話です(編集部)
ツルツルと良い音を立てていかにも美味しそうにカッコ良く召し上がっているのは、若い方よりも年輩の方が圧倒的に多いと感じます。蕎麦には長生きをする物質が含まれているので「蕎麦好きは長生き」ということわざもあります。
蕎麦にはルチンという血管を丈夫にする成分が含まれているので、いただく毎に活き活きとしなやかに血管を若返らせるのかもしれませんね。
蕎麦の歴史を調べてみると、以外と古く、種の出土から縄文時代にはすでに作られていて稲作文化よりも古い事が判ります。
稲作に不向きな痩せた土地や、冷涼な高原でも作ることが出来たので、凶作対策用の作物としても重要視されていました。
現在のようにひも状に切って食べる「そば切り」となったのは、江戸時代の初期頃と言われています。その前まではそばがきや団子、またはお米のように炊いたりしてたべていました。
江戸時代になると人口も増加し、地方からは独身男性も沢山江戸に入って来たので、安くて手軽、しかも当時は移動式の屋台でしたから、街中を歩けばどこでも食べられたというのが、蕎麦が好まれた理由の一つです。今の時代の駅の立ち食い蕎麦と同じ感覚だと思います。
汁をつけて音を立ててすすり込む思いっきりの良さが江戸っ子の「粋」だとされ、大の蕎麦好きの松尾芭蕉も「俳諧とそばの味は、江戸の水によく合う」といったそうです。
現在のせいろ、または竹製のざるに盛り付けて、汁をつけていただく蕎麦を「もり」または「ざる」と呼ぶのは、初期のころの蕎麦はそば粉100%の「生そば」で切れやすかったために、蒸籠で蒸して食べていたのが名残です。そば粉八に対して小麦粉二をつなぎにした、属に言う「二八そば」が登場したのは元禄の少し前の寛文年間。そして江戸中期以降になると、ねぎをのせたり、天ぷら、かまぼこ、鴨肉をのせたりと、随分と現在に近い品揃いになり人気を呼んでいたようです。
蕎麦の成分のルチンが高血圧に良いことは古くから知られていますが、ルチンは茹でた時にお湯の中に出てしまう水溶性です。昔からそば湯を出す習慣があるのは長生きに役立つことを経験的に知っていた先人の知恵だったのでしょうか?
香りの良いそばには音がある……と私は思っています。そばを打つ棒の音、調子よくリズミカルに切る包丁の音、ザルで水を切る音、食べる時のいさぎよい音、そして最後はせいろの上の残ったそばをかき集める音。蕎麦だけは音を立てて思いきりいただくのが美味しさを増す秘訣です。
四の五の言わずに、サッと来て、サッと食べて、サッと帰る。これは蕎麦をいただく側の流儀でしょうか。「オヤジッ勘定!」とまではとても言えない私ですが、この季節は蕎麦屋のはしごが楽しみです。細く、長~く生きられますように!(老友新聞社)
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