高齢者のための情報サイト【日本老友新聞】

老友新聞
ルーペ

医療と健康

2021年10月06日

車の運転・・・続けますか?止めますか?

今日の話題は高齢者の車の運転のことや免許証返納についての問題です。皆様もきっと関心をもった事故だったと思いますが、2019年4月に東京・池袋で当時87歳の高齢者が運転する乗用車が暴走し母親(当時31歳)と娘さん(同3歳)をはねて死亡させ、他に9人の重軽傷を負わせた大事故がありました。先日東京地裁で判決公判があり、現在90歳となった被告に対し、禁固5年の実刑判決を言い渡しています。

被告の高齢者は「事故は車の異常で暴走した」と無罪主張していましたが、判決ではブレーキとアクセルを踏み間違いと認定し、過失を認めない被告の態度に対し厳しく批判したことも記憶に残っていると思います。

皆様、特に現在も車を運転されている高齢者の方々はこの事故と裁判、遺族の気持ちそして運転を続けなければならなかった状況など、どのように受け止めたでしょうか?警察庁データからみると「踏み間違い」による事故は2016年~2020年の5年間で2万1,103件発生し、そのうち248件が死亡事故となっています。このデータを年齢別で見ると人身事故数では75歳未満に比し75歳以上では2.8倍、死亡事故については実に7.6倍となっています。やはり75歳以上の後期高齢者の運転での踏み間違いによる死亡事故は明らかに高くなっていることが判ります。内閣府のデータでも、75歳以上の高齢者では「操作不適」による死亡事故が多く、中でもブレーキとアクセルによる踏み間違い事故は、75歳未満が全体の0.5%に過ぎないのに対し、75歳以上の高齢運転者は7.0%と高くなっていて14倍ということになり(図)、やはり75歳以上の方は加害者ともなる事故を起こす危険性は非常に高いと言わざるを得ません。

なぜ後期高齢者になると(認知症でもないのに)不適な運転操作が増加し、ブレーキとアクセルの踏み間違いが発生するのでしょうか?一つの考えられる理由として、脳の高次な働き(認知機能といいます)の中で、特に「注意分割能」が低下しているのではないかと考えられます。私たちは日常生活の中で様々な注意分割能の働きで成り立っているのです。特に車の運転では、常に、正しいルートを走行しているか?スピードは超過していないか?ガソリンは大丈夫か?信号は青か?歩行者は大丈夫か?右左折の時に対向車はいないか?などなど、実に多くのことに対して同時に注意を払いながら、すなわち「注意分割能」を最大に働かせながら運転行為をしているのです。大変残念なことですが、ヒトは誰でも加齢に伴って様々な認知機能(例えば記憶力とか、見当識など)は多かれ少なかれ低下していきます(これが病的に低下し、社会生活が困難となる状態が認知症と呼ばれます)。実際、75歳以上の高齢者の認知機能レベルによる交通死亡事故の分析では、認知機能検査の受検者では認知症のおそれが2.5%、認知機能低下のおそれが24.5%なのですが、死亡事故を起こした運転者での割合はそれぞれ4.8%、44.4%とほぼ2倍の割合となっていたと報告されています(図)。車の運転という非常に高度な脳機能(認知機能)を必要とする行為・動作では、75歳以上の方の多くの場合、確実に危険性が高くなっているといっても過言ではないでしょう。

となれば、少なくとも75歳以上の高齢者の方は運転を止め免許証を返納した方がよいということになります。が、しかし事はそう簡単ではありません。幾つも理由が挙げられるのですが、まず第一に運転免許証を返納し車の運転を止めてしまうと、毎日の生活に大きな不便が生じてしまう高齢者が少なくないことです。特に地方などの公共交通機関の十分とは言えない地域では車なしでは日常の買い物をはじめ細々とした生活が出来なくなってしまうことが挙げられます。例えば、平日外出時の主な交通手段のデータ(国交省; 2015年)を見ると、75歳以上の高齢者で「自動車」と答えた割合が、三大都市圏では36%であるのに対し、地方都市圏では55%と半数を超えていました。より辺鄙な地方にお住いの高齢者ではその割合はもっと高くなるでしょう。

もうひとつ大事なことは、実は運転そのものが脳の活性化や生活上のハリとなっていることが多くの研究などから確認されているのです。つまり、車を運転することが脳の重要な働きを司る様々な領域の活性化と結びついていることが報告されているのです。さらに我が国の研究から運転を継続した高齢者と中止した高齢者の6年後の調査した研究では、運転を完全に中止した高齢者は(継続高齢者に比較して)要支援・要介護となる危険性(リスク)が2.16倍と高くなっていることが報告されています。

このように、高齢者の車の運転ではリスクのトレード・オフ(二律背反、二つの事柄が両立しないこと)が存在しているのです。すなわち「運転を続ければ事故を起こすリスクが増大する」一方、「運転を中止すれば生活の質や健康を損なうリスクが増大する」という二律背反のリスクが存在しているのです。

今後は、高齢者の運転中止後の日常生活や地域での生活を維持するためのさまざまな支援や安全運転支援のための技術開発も必要となるでしょう。また対象となる高齢者に対して、定期的な運転トレーニングで認知機能の確認と運転技術の維持・向上という方策も考えなければならないと思います。しかし、現時点では、少なくとも運転にヒヤッとしたり、体調や頭の働き(認知機能)の老化などに不安のある方は勇気をもって運転免許証の返納も是非考えていただきたいと思います。あなたの運転する自動車の事故であなたが加害者となっては遅いのです。

この記事が少しでもお役に立ったら「いいね!」や「シェア」をしてくださいね。

鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 大学院 特任教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊 
Amazon
高齢者に忍び寄るフレイル問題 特集ページ
日本老友新聞・新聞購読のお申込み
日本老友新聞・新聞購読のお申込み
  • トップへ戻る ホームへ戻る