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コラム

2020年12月08日

別世界~病院のベッドの上で見たウィリアムズバーグの光景

―この人達は眠っているのか。ゴルフ場のように青々と手入れのゆきとどいた広い草原。

音の無い世界。

私は芝生の上に寝転がっている。動かない。私は何をしているのだろうか。

ここは病院なのだ。きっと消灯時間も過ぎて、皆眠っているのだろう。

 

そうだ。私は舞台から落ちたのだ。

    ◇

2007年、RKB毎日開局50周年。2月8日から4月1日まで、福岡市博物館で、市田ひろみ世界の民族衣装展を企画してくれた。

無事展示も終わって、搬出のその日、大きな舞台の隙間に落ちたのだ。

大腿骨や左上腕部を骨折して、私は叫んでいた。救急車のサイレンが近くなった。

福岡から京都までの搬送。新幹線はダメ。飛行機もダメ。結局寝台自動車で時間をかけて京都へ。そのまま私は府立医大へ。

    ◇

もう何もわからない。霞の中をさまよっていた。

広いゴルフ場のようなきれいな草原。私は眠りながらさまよっていた。

かつてさまよったような草原。どこだろう。ゆきとどいた大きな庭。5月の空気……

……そうだ。アメリカ東海岸「ウィリアムズバーグ」だ。

私の周りには30人くらい寄り添って寝てくれている。男、女、大人、子供、老人。誰も話をしていない。音の無い世界だ。

私がウィリアムズバーグを訪ねたのは1990年、5月。

私は世界中の民族村を訪ねているが、ウィリアムズバーグは世界一、大きく、美しい。

植民地時代、ヴァージニア州の首都だったウィリアムズバーグは、もっとも繁栄した首都だった。

200年前の首都をそのまま復元した町で、そこに暮す人々は200年前の服装で、植民地時代の暮らしそのままの日常が見られる。

私の周りに寄り添って寝ている人達も200年前の服装だ。

現在、病院、学校、商店、郵便局、一般家庭など500軒が復活している。

 

さて、私に寄り添って寝ている人は、生きているのか、死んでいるのか、胸の呼吸は見られない。

高齢のおじいさんは、ジーンズの前当てのあるオーバーオール。イケメンの40代の彼氏はかっこ良いニッカポッカ。40代の主婦は足首までのギャザースカートに白地木綿のエプロン。

子供もいる。学生もいる。みんな動かない。何故、ほぼ30人もの人が私に寄り添ってくれているのか。

 

私は寝ているのか。起きているのか。空気の無い世界。時間が過ぎているのか。私の身体が浮いているのか。

ふと白衣のドクターの姿が形になった。そして二度、うなずかれた。

先生の姿は長い廊下の奥に消えた。私は何をしていたのか。徐々に私の意識は戻りつつあった。

 

私にとって、ウィリアムズバーグは何だったのだろう。あの美しい世界は、再びめぐり来ることはあるのだろうか。

(本稿は老友新聞本紙2019年4月号に掲載した当時のものです)

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市田 ひろみ
  • 服飾評論家

重役秘書としてのOLをスタートに女優、美容師などを経て、現在は服飾評論家、エッセイスト、日本和装師会会長を務める。

書家としても活躍。講演会で日本中を駆けめぐるかたわら、世界の民族衣装を求めて膨大なコレクションを持ち、日本各地で展覧会を催す。

テレビCMの〝お茶のおばさん〟としても親しまれACC全日本CMフェスティバル賞を受賞。二〇〇一年厚生労働大臣より着付技術において「卓越技能者表彰」を授章。

二〇〇八年七月、G8洞爺湖サミット配偶者プログラムでは詩書と源氏物語を語り、十二単の着付を披露する。

現在、京都市観光協会副会長を務める。

テレビ朝日「京都迷宮案内」で女将役、NHK「おしゃれ工房」などテレビ出演多数。

著書多数。講演活動で活躍。海外文化交流も一〇六都市におよぶ。

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