コラム
「秋の風」~もっときものを楽しんでください<市田ひろみ 連載19>
「あつい、あつい、あついなあ」
八月の熱帯夜も、すでに十日あまり。京都は盆地なので、空気が動かない。
私が子供の頃は、夕方になると夕立が来て、むっとした暑さをさましてくれたものだ。だけどこのところ、夕方になっても期待する雨も来ず、いきなり夏から秋がやって来る。
でも京都の人はあわてない。
京都には「門(かど)はき」という習慣があった。
丁度、私達が学校へ行く時間に、隣のおばさんが自分の家の前をはく。
自分の家の敷地の中だけはく。
隣の家の前をはくと、その家の奥さんに恥をかかせたことになるのだ。
「おはようございます」
「おはようさんどす。あつおすなあ」
これ、たとえば大阪のおばさんだったら、
「ゆうべはあつかったなあ。寝られへん。たまらんなあ」
と三倍くらいになる。
京都、中京の人たちは、あわてずさわがずなのだ。
子供の頃から
「みせびらかしたらあかんえー」
「一人だけ目立つようなことしたらあかんえー」
「えばったらあかんえ」
とかく目立つことをいやがる。
また子供もそうした環境で成長する。
ミニスカートの流行も、京都が一番遅かったそうだ。流行にはすぐに飛びつかない。
すぐにうれしがって流行に飛びつくのは、はしたないことなのだ。
でも、秘密主義ではなく、ここ一番という時に、はずかしくないもので主張する。
「たいしたもんやあらへん」
と言いながら見せるのだ。
最たるものが祇園祭の屏風だ。
中京の商家の表の間に家伝来の屏風を出して、通る人が見られるように、表通りを空けておく。
そぞろ歩きの人は、博物館で見るような屏風やしつらいを、散歩しながら見られるのだ。
「うちにはこんな屏風、ありますのえ」
ということだ。
京都御苑の蝉の声も静かになり、テラスの網戸に、朝、蝉がとまって短い最後の夏を過ごしている。
秋の知らせだ。
このところ、京都の四季は等しくはめぐってこない。春と秋が短い。
中京の人達は
「しのぎようなりましたなあー」(しのぎやすくなりましたね)
日常語の中には使われなくなった「しのぐ」も、季節の挨拶の中にはちゃんと生きている。
それも、さりげなく古風なものいいが生きているのだ。
京都東山は外国人のきもの姿があふれている。
中国人が主流で、最近はヨーロッパの人も多くなった。レンタルきものだ。
きものに対するあこがれは強く、きものを借りて、着付けをしてもらって5千円だったら、あこがれのきものを着ようということだ。京都観光の風景となっている。
一方で、夕食に行くのに、きものを着て出かける人が多くなった。
観光客も、京都の人も、京の町をきものでたのしもうということだ。
ちょっと朝夕、涼しくなって、きものを着る季節がやって来た。
たんすのこやしにしないで、きものを楽しんでほしいと思います。
(老友新聞社)
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- 市田 ひろみ
- 服飾評論家
重役秘書としてのOLをスタートに女優、美容師などを経て、現在は服飾評論家、エッセイスト、日本和装師会会長を務める。
書家としても活躍。講演会で日本中を駆けめぐるかたわら、世界の民族衣装を求めて膨大なコレクションを持ち、日本各地で展覧会を催す。
テレビCMの〝お茶のおばさん〟としても親しまれACC全日本CMフェスティバル賞を受賞。二〇〇一年厚生労働大臣より着付技術において「卓越技能者表彰」を授章。
二〇〇八年七月、G8洞爺湖サミット配偶者プログラムでは詩書と源氏物語を語り、十二単の着付を披露する。
現在、京都市観光協会副会長を務める。
テレビ朝日「京都迷宮案内」で女将役、NHK「おしゃれ工房」などテレビ出演多数。
著書多数。講演活動で活躍。海外文化交流も一〇六都市におよぶ。
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