コラム
タクシー運賃の支払いも感謝をこめて気持ちよく…「心ばかりですが」の文化<市田ひろみ 連載8>
Kさんは、タクシーの代金を払おうとして、おつり二十円を
「結構です」
と言ったそうだ。そうしたら運転手が
「おたくに恵んでもらおうとは思ってません!!」
と言われた。間の悪い時間があって、Kさんは仕方なく二十円を自分のバックにもどした。十円、二十円なら、私にもよくあることだ。それでも
「おおきに」
「ありがとうございます」
と言ってくれる。別に、恵んでいるという気持ちはない。
ある時、一通の手紙が来た。時々利用していた会社の運転手さんからだった。
『お世話になりました。私は定年で、今月いっぱいで退職します。先生にはよく利用して頂いてありがとうございました。又、正月に頂く心遣いもうれしかったです。福井へ帰るつもりでいます。退職のお知らせと、お礼まで……』
大した金額ではないけれど、感謝を形にしているだけだ。
京都の人は、いつもバックにポチ袋を入れている。ポチ袋には「心ばかり」「ありがとう」「おこずかい」「お年玉」などと書いておく。大きな金額の必要はないが、千円以上ならポチ袋に入れたほうが良い。
お金は裸で渡したり、ティッシュペーパーにつつんだりするより、和紙の袋が良い。
ヨーロッパや中南米など、チップを請求されるのは当たり前だし、長い慣習があるが、日本にはそんな習慣がないので、迷う時もあるが、お金というものは、使い方できたなくもなればよろこびもある。
Bさんはある夜、おすしの出前をたのんだ。自宅から5百メートル位のところにあるすし屋だ。ところが、出来る頃にひどい雨になった。出前も気の毒やなあと思っていた時、ブザーがなった。
「えらい降りますのにすみません」
Bさんは心づけを渡した。
しばらくしたら電話がなった。すし屋の主人からだった。
「店のもんに気遣うてもろて、えらいすんません。おおきに」
店の若いもんは、ちゃんと主人に報告していたのだ。
これも雨の日のことだ。
「宅急便でーす」
えらいおそいなあと思ってカメラを見たら、黒のレインコートに黒のヘルメット。夜十時。手には、棒を持っている。おかしい。私は防犯カメラを見つつ、どうしようかと考えた。男は一軒ずつ懐中電灯で名前を見ている。その人が、こちらへむかった時、時々来てくれる、このエリアの担当の人だとわかった。
私はドアを開けた。どしゃぶりだ。私に届けようとしている棒は、H社のカレンダーだった(まるく巻いてあった)私は勝手に金属バットくらい思っていたので、おかしかった。
「くさるものではないのに、どうしてこんなにおそくまで働くの?」
「いや、本日中に配達と書いてありますので。もう、今日はこれで終わります。失礼しました」
いつも思うけど、日本の宅急便は世界一だ。その正確さにおいて。(老友新聞社)
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- 市田 ひろみ
- 服飾評論家
重役秘書としてのOLをスタートに女優、美容師などを経て、現在は服飾評論家、エッセイスト、日本和装師会会長を務める。
書家としても活躍。講演会で日本中を駆けめぐるかたわら、世界の民族衣装を求めて膨大なコレクションを持ち、日本各地で展覧会を催す。
テレビCMの〝お茶のおばさん〟としても親しまれACC全日本CMフェスティバル賞を受賞。二〇〇一年厚生労働大臣より着付技術において「卓越技能者表彰」を授章。
二〇〇八年七月、G8洞爺湖サミット配偶者プログラムでは詩書と源氏物語を語り、十二単の着付を披露する。
現在、京都市観光協会副会長を務める。
テレビ朝日「京都迷宮案内」で女将役、NHK「おしゃれ工房」などテレビ出演多数。
著書多数。講演活動で活躍。海外文化交流も一〇六都市におよぶ。
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