医療と健康
「転倒予防」のための体づくりと環境づくり
人間の運動機能というものは二十歳代がピークで、その後は年を重ねるにつれて少しずつ衰えていく。これは決して避けることのできない現象ではあが、普段のトレーニング次第によっては、その衰えの速度を遅くすることができ、結果、若々しい体を保つことができるのだ。
骨や関節、筋肉といった部分は、体をスムーズに動かすためにはなくてはならない部位であるが、同時に衰えやすい部分でもあるという。
たとえば骨。骨というものは、一度形成されると、一生その骨が使われ続けると思われているかもしれないが、実はそうではない。骨も、皮膚などの組織と同じで、新陳代謝を絶えず繰り返しているのだ。
「破骨細胞」と「骨芽細胞」のバランスが重要
骨を食べる「破骨細胞」と、新たに骨を作り出す「骨芽細胞」の二種類の細胞の働きで、まずは古くなった骨を「破骨細胞」が吸収し、そして出来た穴に「骨芽細胞」が新しい骨を形成する。この「吸収」と「形成」のバランスがうまく取れていれば、つねに骨の量は一定に保っていられるのだが、加齢やホルモンの欠乏によって、このバランスが崩れてしまうと、「吸収」の方が「形成」よりも多くなってしまい、骨の量が減ってしまうのだ。女性に骨粗鬆症が多いのは、閉経後に女性ホルモンが欠乏することによって骨量が減ってしまうためである。
骨粗鬆症の患者に多く見られる骨折の例としては、腰の骨や脊椎の骨が縦方向に圧迫され、潰れてしまう形で起こる骨折、いわゆる圧迫骨折である。こうなると背中が曲がってしまい、肺が圧迫されて呼吸機能が低下したり、胃も圧迫されて食欲不振を起こすこともある。また、手術治療を終えた後でも軽度の痛みが残ってしまうこともあり、生活の質が低下してしまうという。
もうひとつ高齢者に多い例は、歩行中などに転倒して、足の付け根の股関節を地面などにぶつけてしまい、大腿骨頚部を骨折してしまうこと。この骨を折ってしまうと、ほぼ確実と言って良いほどに手術治療をしなければならなくなる。
他にも、転倒して手を突いたときに、手首を骨折してしまうことが多いのだが、一方では、転倒した瞬間に、咄嗟に手をつけるほどの反射神経があるという言い方もできる。加齢によって反射神経が鈍くなってくると、手を付く前に、肩から地面にぶつかって、肩を骨折してしまったり、もっと鈍くなると、地面に顔、頭を打ち付けてしまうこともあり、大変危険である。
加齢による筋肉量の低下
次は筋肉について。筋肉は体を動かすために必要となるものだが、その他にもエネルギー源としての機能や、血糖の維持、あるいは体温の維持など、重要な役割を担っている。新しい筋肉を生成する細胞が加齢により老化すると、筋組織の張力が低下、筋肉の血流障害、炎症、筋萎縮を起こし、そしてまた筋組織の張力が低下するという悪循環が成立してしまうという。筋力トレーニングやリハビリなどを行うことで、血行を良くし、この悪循環を絶つことができるのではないかと研究が進められているそうだ。
次に関節について。たとえ骨と筋肉が健康であっても、スムーズな動きをするには関節の機能も健全でなくてはならない。
筋肉の衰えや、肥満、痛みが出ているのに無理に動かしたりするなど、関節に負担がかかると、クッションの役割を果たしている軟骨部分が磨り減り、骨と骨が直接がりがりとすり合うようになってしまい、腫れたり、水が溜まったり、痛みが出てしまう。
ひどい状態になると、痛み止めを使用したり、関節にヒアルロン酸を注射して潤滑を良くしたりするが、それでも痛みが治まらないという場合には、整形外科で人工膝関節を入れる手術をすることになる。
「ロコモ」にならないために
さて「ロコモティブシンドローム」という言葉はすでにご存知だろう。運動器の障害により要介護リスクの高い状態を指す言葉で、ちょうど「メタボリックシンドローム」と対になる、整形外科分野で注目されている言葉である。
自分がロコモティブシンドロームではないかをチェックできる項目がある。片足立ちで靴下が履けない。家の中で躓いたり滑ったりする。階段を登るのに手すりが必要である。横断歩道を青信号のうちに渡りきれない。15分以上続けて歩けない。買い物の荷物が2kg程度でも持ち帰りが困難。掃除や布団の上げ下げが困難。このような項目に当てはまると、要介護リスクが高いと言えるのだそうだ。
ロコモティブシンドロームにならないように「ロコモーショントレーニング」というものが推奨されている。片足立ちやスクワットなど、簡単な筋力トレーニングで構成されたもので、意識的に実行すれば、足がよく上がるようになり、躓きにくくなる。また階段を登る速さ、歩く速さも上がり、バランス感覚も良くなっていくそうだ。
それでは「ロコモーショントレーニング」を紹介しよう。まずは片足立ちのトレーニング。安全のため、最初は椅子や机に手を突いて、倒れないよう注意しながら片足立ちの練習をする。慣れてきたら指先だけで支えたり、手を離して、ふらついた時だけ手で支えたりする。
次にスクワット。腰を伸ばして負担がかからないように、少ししゃがみ、また立ち上がる動作を5~6回繰り返し、それを1日3回くらい繰り返す。これも椅子や机につかまりながら始めると良い。
最後に、転倒を防ぐための環境作りについてお伝えする。足に合わない履物は履かないようにする、マットなどは滑らないように固定する、階段には手すりをつける、足元を照らすライトをつける、敷居の段差をなくす、お風呂にも手すりをつける、家電製品のコードに躓かないよう片付けるなどだ。
健康寿命を延ばすことは、今回紹介したロコモーショントレーニングなどを行うなど、個人で努力することができるものだ。健康管理の意識を高め、骨粗鬆症、筋力低下、転倒予防に関する知識を持ち、その予防に努めていただきたい。
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