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医療と健康

2024年05月30日

「認知症は減っています!」

先日厚生労働省は認知症の患者数に関して予測を発表しました。これは全国から4つの自治体を選び出し、それぞれの自治体と65歳以上の高齢者について認知症の診断を行い、得られた有病率から将来の全国の認知症高齢者の数を推計したものです。それによると、認知症の高齢者は、来年2025年には471万6000人となり、団塊ジュニアの世代が65歳以上になる2040年には584万2000人になると推計しています。2040年の時点では高齢者のおよそ15%、約7人に1人が認知症と推計されます。

実は厚生労働省は9年前にも将来の認知症高齢者の推計を行っており、その時の報告では、2040年に認知症の人が802万人、さらに糖尿病の罹患率が上昇すれば953万人に増加すると推計していました。今回の報告では584万人ですから、推計値は約200万人以上も低くなったことになります。推計に携わった研究者によれば、この推計値の(大幅な)低下は、生活習慣病の改善や健康意識の変化などによって認知機能の低下が抑制された可能性があるとしています。

私は、9年前の認知症高齢者の将来推計の時点で報告された推計値はあまりにも大きな値でしたので、(正直なところ)疑問に思っていました。実はその頃から欧米の大規模な疫学研究から、認知症高齢者の有病率は減少しているという報告が相次いでいたのです。このことは、2019年(平成31年)に出版した拙著「超高齢社会のリアル」(大修館書店)の中にも詳しく紹介したのですが、例えば米国のフラミンガム研究という長年にわたる疫学研究では、1977年から2008年の30年間で認知症の有病率が10年あたり約20%も低下したと報告されているのです。ただこのような認知症有病率の低下は学歴が高卒以上の方に限られていたとも報告されていました。 同じくアメリカで行われている高齢者の研究(HRS研究)でも、認知症高齢者の有病率は着実に減少しており、それは教育年数別にみると(やはり)高学歴の人で有意に低下していたと報告されていたのです(図)。

オッズ比

図;教育歴が12年未満の短い方に比べて、6年以上の長い方では認知症になるリスク(オッズ比といいます)が0.27倍、すなわち73%も減少しています。

我が国では戦後の長い期間(およそ80年間)で教育レベルは大幅に改善し、この30年間を見ても高校進学率は95%以上となり、大学・短期大学への進学率も55% を超えるまでに国民全体の高学歴化は進んできました。従って、10年前や20年前 の教育レベルの基準で単純に将来推計をすることはもはやできない時代だと思います。さらに私が認知症予防に重要と考えているのは、単なる青年期のいわゆる「学歴」だけではなくて、社会に出た後や退職後の教育的な知的活動、すなわち「生涯教育」が非常に大切だと思っています。若い時には十分できなかった勉強も高齢者になってから改めて自分の興味や関心によって新たに何かを学ぶことは、認知機能の維持に最も重要な要因であり、このような知的活動を持った方々が着実に増えていることが、わが国でも諸外国と同じように認知症高齢者の有病率を下げているのではないかと推察しています。

もう一つの重要な要因は、以前のこのコラムでご紹介しましたが、認知症の予防には糖尿病の予防や適切なコントロールの必要性がより鮮明になってきたと思います。ご存じのように、糖尿病になると糖の代謝や血糖の恒常性を司るインスリンの働きが悪くなります。この状態では、身体のインスリン分泌の低下とともに脳のインスリンも減少し、そのために脳細胞がエネルギーを取り込みにくくなり、(健常な時には)インスリンが分解してくれていた「アミロイドβ」というアルツハイマー型認知症の原因とされる異常なたんぱく質が蓄積されてしまうことで認知症となると考えられています。さらに、糖尿病により高血糖状態が継続されることで、脳血管に動脈硬化を引き起こし、脳が必要とする酸素や栄養が不足してしまいます。この様な状態もまた、「アミロイドβ」が蓄積されやすい環境となり、いずれにしても「アミロイドβ」がゴミのように蓄積され認知症へと移行してしまうと考えられているのです。従って、認知症予防にはまず、生活習慣病の中でも特に糖尿病ならないように厳重に注意しなければなりません。成人になってから発症する糖尿病は食べ過ぎないことや習慣的な運動などで適切な体重を管理し、太りすぎないことでかなり予防することが可能です。

さらに、高齢期になり自分の時間がある程度自由になった頃からでも、(なんでも良いのですが)自分の興味や関心のあることなどへの知的関わり(平たく言えば「勉強」ということでしょう)をぜひ持っていただきたいと思います。私自身、学生時代には苦手で、あまり勉強しなかった日本史について、今では(幕末や明治維新に限られていますが)古本屋で資料を集めてある人物の生涯を探求したり、ゆかりの場所を尋ねたりすることが、面白くてしょうがないといった感じです。いつまでも知的な関心を失わず、頭を使い続けることが、誰でもできる認知症の第一歩ということができると思います。世の中には、認知症が増える増えると言って不安をあおるニュースや記事が多いのですが、実は私たちのささやかな努力が認知症の有病率を減らすことが十分可能であることをご理解いただければ幸いです。

最後になりましたが、私事ですが6月から新しい仕事に就くことになり、このコラムは今回で最終回とさせていただきます。約5年間でしたが、あっという間でした。お読みいただいた皆様に感謝申し上げますとともに、これまでの記事が少しでも皆様の健康にお役に立てばと願っております。皆様のご多幸とご健康をお祈りして筆を置きます。

ありがとうございました!

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鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 大学院 特任教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊 
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