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医療と健康

2023年07月31日

「レカネマブ」モノクローナル抗体の話

つい最近、アルツハイマー病(認知症)の新たに開発された新薬がアメリカの食品医薬品局(FDA)により承認されました。この新薬の名称は「レカネマブ」(商品名は「レケンビ」)といいます。FDAによる認知症の治療薬が正式承認されるのは20年ぶりということです。しかも今回のレカネマブはこれまで承認されてきた症状の緩和という対症療法の薬物とは異なり、アルツハイマー病の原因とされる異常たんぱく質(アミロイドβ:図1)を直接除去する作用があるとされ、いわば本格的な治療薬ということができるのです。

実はちょうど1年前、このコラムで同じような話題の記事を書きました。それは、「アデュカヌマブ」というやはりアルツハイマー病の治療薬が開発され、FDAから「条件付き承認」が得られたことや、日本国内でもその有効性について治験が開始されたことを紹介しました。しかし、その後アデュカヌマブは(残念なことですが)、正式承認は得られないままとなり、さらに日本でも厚生労働省に新薬承認を申請していましたが、2021年12月に厚生労働省は、十分な治験データが得られていないことなどから、アルツハイマー病治療薬としてのアデュカヌマブの承認を見送り、継続審議することになったのです。しかし、アデュカヌマブが前例となり、認知症治療の新薬も承認を受けやすくなったと思われます。現在、アデュカヌマブに続く医薬品(抗体医薬)として、さらにドナネマブ(donanemab)、ガンテネルマブ(gantenerumab)などの開発が進められています(図2)。これらの医薬品はいずれも脳の中に溜まったアミロイドβをそれぞれ少しずつ異なる仕組みで減らす効果が報告されており、臨床試験でも有望な結果が報告されていました。

ところで、今紹介した認知症に対する新薬(「抗体医薬」と呼ばれます)はすべて「〇〇〇マブ」となっていることにお気づきでしょう。いずれの薬も(少なくとも私たち日本人には)発音しづらいのですが、すべて語尾に「マブ(mab)」となっています。これはたった1個の細胞、それはある特定の物質に対して抗体を産生することにできる細胞なのですが、この単一の抗体を産生する細胞だけを増殖(クローニングといいます)して、特定の抗体だけで薬を作る方法を利用しています。このように単一の(英語では「モノ(mono)」といいます)抗体産生細胞のみを増殖(クローニング)させる方法で抗体(英語で「antibody 」といいます)を産生させてできた医薬品(これを「抗体医薬」あるいは「モノクローナル抗体(monoclonal antibody)」と呼びます)はすべてMono, Anti, Bodyの頭文字をとってMAB(マブ)を語尾に付ける決まりがあるからなのです。

このようなモノクローナル抗体による医薬品はガン細胞やウイルス、さらにはアルツハイマー病の異常なたんぱく質(抗原)などに特異的に結合して免疫反応を引き起こして、抗原を死滅させることが可能な新薬となるのです。モノクローナル抗体による医薬品は理論上、病気を引き起こすすべての異常な物質(抗原)に有効な可能性があり、非常に応用範囲が広いといえます。

さて、今回認知症予防に有望とされるレカネマブ、実際にどのくらい有効なのでしょうか?臨床試験で得られた結果によれば、「早期の認知症患者さんに対して、投与開始から1年半後に認知症の進行を27%遅らせた」と報告されています。このような新薬の有効性を確かめるためには「ランダム化試験」と呼ばれる試験方法が用いられます。例えば(以下の数字はすべて架空の数字ですが)同じ地域に住む高齢者で初期の認知症と診断された方20,000人を、新薬を投与される方10,000人と従来の旧薬を投与される方10,000人にランダム(無作為)に2つのグループに割り付けます。両群はいずれも男女比は同じで平均年齢も同じ、もちろん認知症の程度も両群に差の無いように割り振るのです。この2つのグループに、本人や薬を投与する医師にもどちらの薬かはわからないようにして投与を続けます。そして、1年半後に2つのグループから認知症の悪化した方の人数を調査したところ、新薬のグループからは73人、旧薬のグループからは100人に認知症の悪化が見られました。この結果から、もし新薬が旧薬に比べ有効性がないとすれば新薬のグループからも100人の認知症悪化者が出たはずです。しかし新薬では悪化した人は73人でした。すなわち、100-73=27 ですから、27/100=27% が新薬によって悪化が防がれた、すなわち「27%の有効性があった」と判断されたわけです。この27%という有効性は統計学的には(偶然ではなく)しっかりした意味を持っています(「統計学的には有意」といいます)。したがってレカネマブは認知症悪化を有意に遅らせることができる可能性は高いといえるでしょう。

しかし、問題点も多くあると思います。例えば、レカネマブの有効性27%とはいっても、(逆に考えると)73%は認知症が悪化してしまいます。また、脳の浮腫や出血などの副作用も15%程度に認められるとのことです。そのレカネマブに有効性のある患者さんも1年半だけでなく、その後もアミロイドβの蓄積を予防するために継続的に投与を受ける必要がありますし、それに伴う経済的な負担は患者さんのみならず、国家の医療費にも大きな影響を及ぼすことが懸念されています。今後はより有効性の高い新薬の期待もありますが、このコラムで指摘したように、新薬の有効性や費用対効果、医療費全体での位置づけなど、私たち自身の問題としてよく考えることが必要かと思います。

図1アミロイドβの蓄積図1アミロイドβの蓄積

図2モノクローナル抗体による認知症新薬(いずれも〇〇〇マブ)の候補図2モノクローナル抗体による認知症新薬(いずれも〇〇〇マブ)の候補
(国立長寿医療研究センター資料(https://www.ncgg.go.jp)より引用

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鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 大学院 特任教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊 
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