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医療と健康

2023年01月20日

フッ素とお薬の話

日々の生活において、私たちの身の回りは多くの“物“であふれています。これらの物は全て分子という構成単位から成り立っています。当たり前のように存在する水や空気も水分子、酸素分子や窒素分子が集まることで出来ています。さらにこれらの分子は“原子“と呼ばれる極小さな単位(手を繋ぐことのできる粒子)から構成されています。21世紀の今日、地球上では100種類以上もの原子(元素)の存在が確認されていて、これらが多様に手を繋ぐことで(もしくは組み合わせることで)様々な分子が成り立っています。

数多くある原子の中で最もサイズの小さな原子が水素(元素記号;1H)ですが、二番目に小さいのが記号19Fで表されるフッ素原子です。実はこのフッ素原子、私たちの暮らしの中でとても大きな役割を果たしています。例えば多くの歯磨き粉にはフッ化ナトリウム(NaF)が含まれていて、歯の表面の保護に役立っています。また調理器具の中には表面の劣化を防ぐ目的でテフロン加工の施されているものがありますが、このテフロンもフッ素原子を含む分子です。

フッ素の活躍は何も日用品に限ったことではありません。怪我や病気にかかった時、必ずと言って良いほど処方される“お薬(医薬品)“の中にもフッ素原子を含むものが数多くあり、今日世界中で使われている医薬品のうち約20%がフッ素原子を含んでいるとも言われています。

図1にその一部を示しますが、抗菌剤、抗がん剤、抗ウイルス剤と広範囲にわたる種類のお薬にフッ素原子が組み込まれています(化学者が意図的に組み込んだのですが)。ではなぜこんなにフッ素原子が汎用されるのでしょうか。

フッ素には他の原子にない幾つもの特性があります。代表的なのが装って欺く効果です。つまり、大きさや形が体の中に沢山ある酸素や水素によく似ていることから、水素または酸素を装って標的を欺きます。またフッ素原子は繋いだ相手を体に吸収され易くする(速やかに移動する)効果や、壊れにくくする(長持ちさせる)効果も兼ね備えています。人の体に侵入して立てこもり、病気を起こさせる菌やウイルスを倒すにはヒーローであるお薬が必要となります。フッ素原子を装備したヒーローは、その容姿で敵を欺き油断させ、抜群の瞬発力と身軽さで立て籠り犯のいる場所まで速やかに辿り着きます。さらにフッ素原子と手を繋いでいることで負傷しにくい強靭さを持つために、敵の病原因子を完全に倒すことができます。

図1に示すニューキノロン系抗菌薬のオフロキサシンは、フッ素原子を含むことで分解されにくく、かつ細菌のいる場所に速やかに到着できるようになっています。
また抗がん剤ゲムシタビンは二つのフッ素原子を含むことで壊れにくく、しかもこのフッ素原子があたかも水素原子を装い、がん細胞遺伝子を作る酵素を欺いて破壊します。同様にC型肝炎治療薬のソフォスブビルも、安定性の維持や“装って欺くこと“に貢献しC型肝炎ウイルスの遺伝子増殖を強力に阻止します。ほんの10年前までは「治らない一生お付き合いしていく病」が常識であったC型肝炎が、今や完治出来る、恐れるに足りない病気へと変わった背景には、ソフォスブビルの登場が引き起こしたパラダイムシフトがあることは記憶に新しい限りです。

健康維持にはもちろん予防が一番大切ですが、万一病を患ったときにお薬は必要不可欠です。今日もなお新しいお薬が開発され続けている最中、2020年以降だけでも20種ものフッ素原子を含む医薬品か承認されています。未だ解決に至っていない病気の治療にフッ素が大きく貢献して行くことに疑いの余地はありません。今後の発展に乞うご期待です。

熊本 浩樹 准教授
  • 熊本 浩樹 准教授
  • 日本薬科大学 大学院薬学研究科 薬学部薬学科 博士(薬学)
  • 薬剤師免許を取得していますが、全く現場経験のないペーパー薬剤師です。本学では有機化学の講義と実習を担当しています。専門は有機合成化学で、一貫して医薬品開発における基礎的研究を続けています。
  • 日本薬科大学 公式サイト
    https://www.nichiyaku.ac.jp/

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