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医療と健康

2022年09月28日

梅毒ふたたび

国内での梅毒の流行が拡大しているそうです。
国立感染研究所によれば、今年(2022年)1月から6月までの半年で前項の梅毒感染者は5,283人と過去最悪の速いペースで増加しており、この20年で最も悪い状況であり、おそらく今年は新規患者数が1万人を超えると予測されています。このような梅毒流行の1つの原因として、十年ほど前には海外からの持ち込み菓子摘記されていたのですが、現在では(梅毒の恐ろしさを知らない)比較的若い人たちがSNSを通じて不特定多数との性交渉が増加していることが挙げられています。日本人同士による国内感染が増加しているのです。 若い人たちが多いのですが、60歳台以上の高齢者も含まれており、要注意の感染症なのです。

私は高齢者の健康についての研究とともに、過去の日本人の病気の流行の研究も進めてきました。その一つに、江戸時代の梅毒流行の研究があります。今日でもなお都内のお寺の改葬工事や工事現場などから江戸時代の人骨が多数発見され、大学などの研究機関に保管されています。老若男女、一般庶民と武士など様々な江戸の人々の人骨資料に現れた様々な病気を読み解いていく研究です(このような研究を「古病理学」といいます)。

梅毒はご存じに方も多いと思いますが、トレポネーマ・パリデュムという病原微生物が、主として性交に際し、生殖器の皮膚や粘膜の小さな(擦り傷のような)損傷部位から侵入して感染を起こす、性病の代表的疾患です。性交だけでなくキスから感染することもあるのです。感染後はその臨床症状から大きく3つの病期に分けられています。第一期では感染後3週間ほどで感染した部位(主として性器)に硬いしこり(無痛性硬結)と潰瘍ができ、さらに鼠経リンパ節が腫れてきます。このしこりは1週間程度で自然に消えてしまうため、治ったと勘違いする人が多く、その間に他者に感染を広げてしまう恐れがあるのです。第二期はその後3か月ほどしてから、全身に広がるピンク色の発疹が現れます。これが第二期の典型的な症状で、このバラの花のようなピンクの特徴的な発疹を「バラ疹」と呼んでいます。ロマンティックな名前ですが、実は強い感染力を持っている、非常に危険な時期といえるでしょう。さらに第三期となりますと、感染後3年ほどを経て、硬いゴムのような腫瘤(塊)が全身の全ての組織に出現してきます。この硬い腫瘤を「ゴム腫」といい、梅毒に特有の病変で、血管や脳そして骨などを破壊し、ついには死に至らしめるという、恐ろしい性感染症なのです。

この悪質な性病が日本に現れたのは室町時代後半の永正九年(1512年)であることが、当時の京都の医師(竹田秀慶)の書いた医学文書(『月海録』といいます)に梅毒の流行のあったことが確認されています。当時は「唐瘡(タウモ)」と呼ばれ中国(唐)からもたらされた(バラ疹の出る)感染症と考えられていたようです。いずれにしても、今から500年以上も昔に日本に伝播し、その後わが国で非常な流行をもたらした病気なのです。特に、江戸時代には猛威を振るい「唐瘡(タウモ)」以外にも「黴瘡(バイソウ)」、「瘡毒(ソウドク)」、「楊梅瘡(ヨウバイソウ)」あるいは単に「瘡(カサ)」などと呼ばれ、老若男女貴賤の区別なく大流行していることが数多くの古文書から知られ、梅毒に関する予防も含めた啓蒙書などもたくさん出されているのです(図)。

船越敬祐(天保九年)『黴瘡軍談』に描かれた梅毒大王(中央)と諸症状をもじった悪の部下たち船越敬祐(天保九年)『黴瘡軍談』に描かれた梅毒大王(中央)と諸症状をもじった悪の部下たち

このように、江戸時代の多くの古文書から明らかになっている梅毒の流行なのですが、江戸時代の多くの遺跡から出土している江戸時代の人骨にも梅毒による骨破壊の痕跡を見ることは珍しいことではありません。先ほど述べた第三期梅毒では筋肉や骨に病変が現れますが、それらは「ゴム腫」と呼ばれる変化で骨ですらひどく破壊されてしまう、恐ろしい病変なのです。写真は50歳代の女性の頭骨ですが前頭骨から頭部全体に骨が破壊されとけてしまっている状態が良くわかります(図)。

江戸時代 湯島無縁坂 出土頭蓋(Muen 159)江戸時代 湯島無縁坂 出土頭蓋(Muen 159)

天保年間の梅毒専門の医師であった船越敬祐はその著書(梅瘡瑣談;ばいそうさだん)のなかで「一女子年二十五、楊黴瘡ヲ患フコト六ヵ年。大キニ腐乱シテ骨ヲアラワシ、筋骨疼痛ミ、日夜号泣ブ声四隣ヲ動ズ。百治効無シ。」などと骨まで溶けていくような悲惨な患者さんの苦しむ姿を報告しています。

今日では、感染の有無は血液検査で簡単に調べられ、ペニシリン系の薬など抗菌薬を用いて完治させることが出来る時代です。避妊具の適切な使用が有効であり、性病予防も含め公衆衛生の向上もあって、梅毒はかなり良くコントロールされていると思われていました。しかし、梅毒の恐ろしさを知らない若い世代を中心として、再び梅毒流行の恐れがあるとすれば、早くにこの病気の恐ろしさを再確認し、自ら大切な命を守るための自衛策、予防対策、そして正しい知識が必要となると思います。

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鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 大学院 特任教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊 
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