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コラム

2016年12月10日

「こちらこそうっかりしていました」~うかつあやまり 連載9

「師走」

この言葉の響きだけでもなんとなく気持ちがせわしなくなるのは読者の皆様も同じだと思います。会話の中にも「年内に……」という言葉も多く耳にするようになり、私などは暮らしの一つ一つに丁寧さが失われ、時間に流され、雑に毎日を送るようになり、言葉も乱雑になってしまうのがこの季節です。毎年のことながら、まさに駆け足の年の暮れとなります。そしてクリスマスソングが流れる街中も、華やかな裏に何かザラついたものがあるように感じます。

 

さて、羽田空港が昔の様に国際化された後、地元の人の足として乗り慣れた電車の乗客も随分と様変わりしました。大きなスーツケースやボストンバッグ、お土産袋を持った観光客の割合がかなり増え、外国の方も見受けられる様になり、車内ではいろいろな言語を耳にする機会が増えました。

先月の連休初日、車内はさほどの混雑もなく穏やかでした。電車が停車すると同時に大きなスーツケースが音を立てて前の人の足の上に倒れました。と当時に「すいませーん」という声と、おそらく北京語で短い返事。そしていえいえと手を左右に振る光景に出会いました。言葉は理解できませんでしたが、その方は「いえいえこちらこそ」と言っていたのだと身振り手振り表情からその譲る心まで伝わってきました。これはまさに「うかつあやまり」です。

「うかつあやまり」とは、電車の中などで足を踏んだ方が謝るのは当り前ですが、踏まれた方も「いえいえこんな所に私こそ足を出していてうかつでした。」と謝るという江戸しぐさの一つです。電車が揺れた拍子に足を踏んで「痛いなぁ」「よけなかったあんたが悪い」と言い争いや掴み合いにならないための必要な心です。「こちらもぼんやりしていました」と譲る心がなければ、世の中争い事ばかりになってしまいますので、だれもが気持ち良く暮らすための江戸人の知恵です。

また、江戸しぐさは商人しぐさともいわれ、商人道を説くものでもあり、先を読む力も必要で、人込みで足を踏まれないようにするのも商人としての資質でした。その心構えが行き届かなかった自分のうかつさを謝っていたものです。それは周りをよく観察する気持ちの余裕と、何事にも用心すること、そして起きてしまった災難を増えないように止めおく危機管理でもあったのでしょう。

世の中全体がせわしなく感じるこの季節。「こちらこそ」の心の余裕を残し、新しい年を迎えたいと思います。また災難に巻き込まれない危機管理も忘れずに……。(老友新聞社)

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酒井 悦子
  • 伝統芸能コーディネーター / 筝曲演奏家

幼少より生田流箏曲を学び、現在は国際的に活躍する箏演奏家。

箏の修行と同時に、美術骨董に興味を持ち、古物商の看板も得る

香道、煎茶道、弓道、礼法などの稽古に精進する一方で、江戸文化の研究に励み、楽しく解りやすくをモットーに江戸の人々の活き活きとした様子と、古き良き日本人の心を伝えている。

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